前回、ルーツを探しに・・・で、水俣へ行きましたが
あまりの情報の少なさと、古さのため、探し当てる事が
できませんでした。
それで、今回は、嫁さんのお袋さんの生まれ故郷の
鹿児島から、足取りを追う事にしました。

嫁さんが幼い頃、お袋さんと、鹿児島へ里帰りをするのに、
機関車に乗って帰ってたそうです。
嫁さんの記憶をたどる旅でもあるので・・・・
とりあえず、えびのの近くの吉松駅へ寄ってみます。

嫁さんの記憶と裏腹に、駅舎は、新しくなっていました。
でも、この機関車に乗って、帰郷していた事を想像すると
何となく、気持ちがタイムスリップしそうですね。

吉松駅を出て、更に南下して、今度は栗野駅へと
行ってみます。

ここも・・・やっぱり・・・駅舎が新しくなっており
昔の面影は、残っていません。

しかし・・・少しづつ、ではありますが、小さい頃の
事を思いだしているようです。
では、いよいよ、お袋さんの、ふるさと・・・横川へ
乗りこみます。

今回の計画は、この役場で、水俣から来たカメさん(祖祖父母)の
戸籍謄本が取れれば、その本籍から、再度、水俣へ行って
住所を割り出そう・・・というもの・・・・
しかし・・・カメさんは、明治生まれの人・・・果たして、戸籍謄本は
出るのでしょうか・・・?

嫁さんは、直系だという事で、とりあえず請求書をかきます。

役場の方の話によると、没後80年は保管義務が
あるとの事。
う~ん・・・・さすがに古いデータなので、時間が
かかります。
もどかし~い・・・・・


出ました!出ました~!
良かった~!!こういっちゃ・・・なんですけど・・・
やっぱ・・・田舎の役場は、気の毒なほど親切で
事、細かに調べてくれました。
ありがとうございました。

ふと・・・嫁さんが、お袋さんの実家のあった場所の事を
調べたい・・・と言うので、再度、役場へ戻って調べてもらいます。
(ホント・・・すいません・・・)
そして、現場へ行ってみます。
あ・・・その前に・・・親父さんの本籍がある場所の事もついでに
調べてもらい行ってみました。

現在は、歯医者さんになっていました。
やはり・・・時間の経過というものは、恐ろしいですね。
全く、面影は残っていませんでした。
しかし、道路から覗いてみましたが、200坪くらいは
ありそうな、広い敷地でしたよ。

ここです。
嫁さんの話によると、今から50年くらい前に
お袋さんに手を引かれて、爺ちゃん所へ帰って来てたそうです。

荒れ果ててます。
ここに、藁ぶき屋根の家があったらしい・・・です。
嫁さんは、あの頃に、タイムスリップして行くようでした。

今日は、かなり、蒸し暑いのですが、ここは静かに木々が
揺れ、時間が止まり、涼しい風が吹きぬけて行きます。


今度は、近くの墓地へ
田舎に、免れない事・・・・過疎・・・
ここに、お墓が、あったんですが、みんな都会へ行って
しまって、管理できないという理由で、掘り起こし
お寺へ納骨しています。

という事で、その納骨されている、お寺へ来ました。

お参りをして、初めて過去帳を開きます。
ここにも、カメさんの記憶がありました。
今まで、漠然と言い伝えられた事が、次々と
真実として、蘇ってきます。
僕の家系の事ではなく、嫁さん側の事なんですが
人の一生をたどって行く・・・というのは、妙な気分です。

ついでに、お袋さんが通っていた、という小学校跡に行って
みる事にしました。

この横川町という所は、調べてみると、島津藩が金山を
見つけ、金鉱山の町として栄えた帰来があるようです。

この寂れた集落も、その当時は、かなりの人口がいて
賑わったのでしょう・・・・

小さい頃の嫁さんの、お袋さんも、この橋を渡って・・・

この階段を上り・・・・

この校庭を走り廻っていたのでしょうね・・・・
あの当時にしては、珍しい天然パーマの小さいお袋が、
校舎から、今にも飛び出して来そうな、妄想に捉われます。
あ・・・・・残念・・・・容量が、一杯です。
とりあえず、今回は、ここまで!!です!!
近いうちに、続編を書きます。