
風と共に去りぬ 最終話
真治は、後ろ髪を引かれる思いで、岬のレース場を後にした。
縁側で夕日を見ながら、途方に暮れていると、台所から
「真治さん!ご飯よ!」
と藍の声がした。
「あ・・はい・・」
と返事をして、テーブルにつくとゲンさんが
「真治、元気を出せ!」
「ゲンさん・・・オレ・・・カズの気持ちに甘えて・・・
これで、良かったんでしょうか?」
「お前の気持ちは、良く分かる・・・自分も、いっしょに
捕まりたかったんだろ?」
「はい・・捕まりたかった訳じゃないけど・・・自分だけ
逃げてしまったから・・・」
「やっぱり、お前はプロのレーサーなんだな・・・」
「捕まったら、レーサー生命に傷がつくと思ったんだろ?」
「恥ずかしい話なんですけど、一瞬、頭をよぎってしまったんです」
「それで、良いんじゃよ!カズはお前に憧れているんだ!
だから、お前に捕まって欲しくなかったんだ!」
「はあ・・・・」
「それにな・・あいつは、多分、捕まってね~よ!」
「え?」
「お前さんも知っている通り、あいつは逃げ慣れてるからよ!」
「そりゃ、昔から族は逃げるのが早いですけど・・・」
「それより、真治、レースも終わって、気持ちにケリもついただろ?」
「そろそろ、自分が居るべき場所へ戻った方が良いんじゃないか?」
「はい、いつまで逃げていても仕方ないですね、それにゲンさんが
言うように、オレは、生まれながらにレーサーみたいです。」
「どんなに悩んでいても、エンジン音を聞くと、頭の中が空っぽに
なってしまいます。」
「そうだ、そうだ!お前はつくづくレーサーなんだよ!」
決心は着いたが、やはりカズの事が気になって、旅立つ事が
できなかった。
ゲンさんや藍に聞いても、何の連絡もない、という。
季節は、全日本のシーズンを向かえようとしている。
「ゲンさん!藍さん!突然なんだけど、オレ・・・」
「真治、分かってるよ!行くんだろ?」
「はい・・・カズの事は、気になるけど、今、戻らないと、
もう、戻れなくなるような気がするので・・・オレ・・
行きます。色々、ありがとうございました。こんなに気持ちが
やさしくなれたのは、生まれて初めてだった。オレ・・
ゲンさんのような親父がいたらなぁ・・・って思った。
また、戦いに疲れたら、ここへ逃げ帰って来ても良いですか?」
「あ~!良いとも!ここは、お前の家だ、目一杯、頑張って
疲れたら、心を癒しに帰って来い。藍も待ってるからよ~!」
「お父さんたら・・・・」
顔を赤らめる藍に真治は心を決めて言った。
「藍さん!準備ができたら、必ず、迎えに来るから・・・」
「え?」
「オレじゃ、ダメかい?」
「いえ・・・嬉しい・・・私、真治さんから連絡があるまで待ってます・・・」
「ありがとう、必ず、来るから」
「わかっちゃいるけど、親の前で堂々とプロポーズされてもなあ~」
照れながら、久しぶりに愛車のエンジンをかけ、ゲンさんと藍に
手を振りながら旅立った。
県道を港の方へ行き、魚の加工場の前を通る。
「真ちゃん!何処か行くのかい?」
おばちゃんが尋ねる。
「はい!ちょっと用事を済ませて来ます。また、すぐ帰って来ますよ」
「そうかい、早く帰って来ないと、あんたの仕事が溜まるよ。」
「ははは・・・はい、分かりました!じゃ!行ってきます!」
「はい、行っておいで!」
港から半島の高台へ出る、真治は一端、振り返って
「カズ・・・・」と一言、残して
エンジンをトルクバンドへ入れ、野太いエキゾースト音を残して
半島を後にした。
そこには、頬をくすぐるような優しい風がふいていた。
それから、日は流れ、真治は、古巣に戻り、レース活動をしていた。
もちろん、勝手に姿を暗ました事について、それ相当の処罰も受けた。
昔の真治なら、カッとして切れただろうが、この数ヶ月で
少し大人になった。
真治は、黙って処罰を受けた。
「真治、お前、あんな言い方をされて、よく逆切れしなかったな」
とヒロから言われるほどだった。
「仕方ないよな・・・自分でまいた種だもんな・・・それよっか、
お前の元気な顔を見られた事の方が、オレは嬉しいぜ」
「それでよ、前に言っていた・・監督は、お前が居ない間、
やっぱり慌てていなかったんだ!まるで、お前の居場所を
知っているような・・・」
「そうそう・・・オレもそれを感じたんだ・・久しぶりに
会った時に、雷が落ちると思ったんだが・・・」
「監督さ・・・少しは気持ちの整理がついたか?・・だったんだよな・・・」
「あ・・・ゲンさん達、どうしているのかな~!カズはどうして
るんだろう・・?」
その時である。
「真治!ヒロ!ちょっと来い!」
ピットの方から監督の声がした。
「は、は~い!また、怒られるのか~?」
二人は、慌ててピットに走っていった。
そこには、懐かしい、ゲンさん、藍、カズの顔があった。
真治には、今、自分がいる戦場に、この3人が居る事が
理解できなかった。
「ど・・どうして、ここに・・・?」
真治の疑問だらけの顔を見て3人は笑っている。
すると監督が
「どうだ!驚いただろ?」
ゲンさんが少しづつ話、始めた。
「真治、驚かせて悪かったな・・・オレは昔、メカニックを
やってた頃があってな、この監督は、その時の後輩なんだ
お前がうちにやって来たのは偶然なんだが、ちょうど、
その時、こいつから連絡があってな・・・
それから、しばらく、うちで面倒をみると言っといたわけだ」
「そうか・・・だから、あん時、オレのバイクが・・・」
「そうだ!真治!この人は、この日本では、この人以上の
腕はないと言われるほどの腕の持ち主なんだぞ!」
と監督も口沿いをした。
「いやいや・・もうこの腕も錆びているんだろうがね」
ゲンさんは謙遜したように言う。
「それでだ、今、このチームはゲンさんの力を必要としている
ゲンさんに、チーフメカニックとして来てもらおうと思っている」
と監督の言葉に、真治は・・
「そりゃあ、良い~!、ゲンさんの腕は、この体が一番、知ってる!
あん時、必要なパワーが必要なだけ、無理なく出てくるエンジン、
体重移動をする事なく、自分の行きたい方向へ進んでくれる
旋回性能、みんな、オレの体に染み付いている!ゲンさん!
オレからも頼みます!」
「いや~!本当は迷っていたんじゃが、娘婿から頼まれるとな~!」
ゲンさんの唐突の言葉に、一同は絶句した。
「このたぬき親父は、ここまで、きてまだ、こんな事を・・・・」
と思ったが、やっとの思いで飲み込んだ。
藍の顔は真っ赤になるし、監督はニヤニヤするし
居たたまれない真治であった。
ヒロが
「真治、お前・・人がベットで苦しんでいる時にこんな事を
していたのか~?」
という言葉にカズが
「そうそう!本当は藍さんはオレが狙ってたんだけど、
真治さんに取られちまったんですよ~!」
「ゲンさんが、急にへんな事を言うから、とんだ3枚目
じゃないですか~?」
今から始まる戦いの前の、ほんのひと時の暖かい時間であった。
真治のチームは、ゲンさんという最強のメカニックと気心の知れた
サブメカニックのカズが新たに、入り、チームが一丸となって
今期の戦場へと向かう事になる。
また、他のチームを寄せ付けないほどの戦跡を残すのは言う
までもない。
おわり
長い間、お付き合い、ありがとうございました。
この殺伐とした、世の中で、少しでも、温かい気持ちに
なっていただければ幸いです。