今回より都城市議補選を振り返ろうと思っていたのですが、早速、ホットな(?)話題が入ってきたので先ずはそちらから。

今回の補選で実質上の一騎打ちとなった広瀬市議と岩元ひろきさん。

何と岩元さんが、当選証書を受け取ったばかりの広瀬市議の事務所を表敬し、互いに市政についての思いを語り合ったとか。

誰かに言われて表敬したにしても、素晴らしい行動力だと私は感じました。

今までの感覚であれば、「負けた相手のところに表敬するとは悔しくないのか!」となるのが一般的でしょうが、表敬した岩元さんも大したものですが、それをしっかりと受け止めた広瀬市議にも懐の深さを感じます。

実はこの二人と私、浅からぬご縁がありまして、岩元さんからは補選の前に「にれたさんは今の市政・議会についてどのようなお考えをお持ちですか?」と、メッセンジャーを利用してお尋ねがありました。

この時に「この人は中々の人物かも」と思い、その後電話ではありますが意見交換をして彼の誠実な人となりの一端を感じたものです。

また広瀬市議に関しましては、先方はお忘れかもしれませんが、私が神柱宮の神主として奉職しておりました時分、高木に集るサギに悩まされていたころ、広瀬市議は市役所から神柱宮に隣接する都城総合文化ホールに出向しておられて、共に「サギ」を追いやる闘いに挑んだ同志(笑)でもあります。

この時は地元の消防分団の放水訓練と称し、サギの巣に放水をして奴らを追いやる作戦でしたが、さすがに高木、木が高すぎて水が届かないという不運にも遭い、我々はサギに敗北したのでした。

この時の広瀬市議の真摯で住民思いな姿勢には、「公務員にもこんな親身な人がいるだな」と公務員を目の敵にしていた私は感じ、その後広瀬市議が市役所本庁の課長になられたと聞き、私は電話をして祝意とかつての御礼を申し上げたほどでした。

また私が市議の立場をお預かりし、議会公式の議会報告会が初めて開催されたとき、住民側として参加されていた広瀬さんが「議会の活動が住民には見えにくい」といった趣旨の意見を仰ったことは鮮明に覚えております。

今思えばこの時から広瀬市議は、議会や市政に対して何らかの違和感をお持ちであったのかもしれませんし、その方が私の辞職による補選に挑戦され当選なさったことには、とても不思議なご縁を感じます。

そういった意味でも、広瀬市議には大きな期待も致しますし、岩元さんとの交流の様子を見聞きしても「議会に新たな時代がおとずれる」兆しを感じます。
また、そういったものをより確かなものにしてゆくためにも民間の立場で、このブログや様々な活動を通して私なりに尽力してゆかなければと意を強くしております。

さて、またもやでございます。

お約束の500文字をはるかにオーバーしての約1,100字(笑)、今回はここまでとさせて頂きます。

ではまた次回。

 前回までの文字数約8,500文字 今回文字数 約1,100文字 残り文字数39,990,400字