「CM にまつわるヨタバナシ」 ── あるいは、“コフレドール” と “テスティモ”。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   コフレドール1



〓ええっと、資生堂の TSUBAKI の CM ですよ。ナンというか、


   ファンもあきれるジャイアンツ式


ですよね。全部で 12人の女優・モデルさんとの契約。


   相沢紗世 (さよ)
   蒼井優 (あおい ゆう)
   (あん)
   生方ななえ (うぶかた)
   香里奈 (かりな)
   黒木メイサ
   鈴木京香
   竹内結子
   田中麗奈 (れな)
   仲間由紀恵
   広末涼子
   観月ありさ



   白ツバキ  赤ツバキ


〓あいうえお順でございます。こういうことは 「?」 なオイチャンたちのためにヨミガナも付けます。


〓少し前にですね、TBS名物の某クイズ番組でですね、「有名人の名前をフルネームで言う」 というシゴク単純な問題がありまして、解答者の武田鉄矢さんがですね、思わず、


   「アオイ ソラさん!」


などという名前を、ほぼ、ゴールデンの時間に口走ったことがあります。
〓オイチャンたちは、もう、メモリが読み出し専用で、書き込みが不可なんであります。もっとも、武田鉄矢さんが 「アオイ ソラさん」 と名指したのは、「蒼井優」 さんではなく、「大沢あかね」 さんでしたが。顔の判別もつかなくなるんだな……


〓でですね、カネボウですよ。


   COFFRET D'OR  「コフレ・ドール」


の CM。小さく反撃に出ました。ナンというか、ジャイアンツに対抗するセリーグの球団が、予算のかぎり対抗してみた、と、そんな感じに見えかねない。



   コフレドール2

   北川景子   (きたがわ けいこ)
   沢尻エリカ   (さわじり)
   柴咲コウ   (しばさき)
   常盤貴子   (ときわ たかこ)
   中谷美紀   (なかたに みき)



〓実は、このうち3人は、もとからカネボウが持つ別のブランドの 「CM・広告」 に出てはったんです。



   sala2  sala1

   沢尻エリカ ― SALA (サラ)
   常盤貴子 ― Frēshel (フレッシェル)
   中谷美紀 ― suisai (スイサイ)



〓常盤貴子さんの場合は、“コフレドール” の CM に移らはりまして、“フレッシェル” を小林聡美 (さとみ) さんが受け継ぎました。


〓柴咲コウさんは、それまで、コーセー “エスプリーク” と契約してたようです。カネボウは、その他に、


   内田ナナ (BLANCHIR ブランシール)
   加藤あい (ALLIE アリー)
   中島美嘉 (KATE ケイト)
   PUFFY (Lavshuca ラブーシュカ)
   風吹ジュン (evita エビータ)


というタレントと契約しています。



〓ところでですね、カネボウの “コフレドール” というのは、資生堂の TSUBAKI ではなく、“マキアージュ”  に対抗するブランドとして、昨年12月に立ち上げられたんだそうです。資生堂の “マキアージュ部隊” は、最初、



   maquillage四人衆

   伊東美咲   (いとう みさき)
   蛯原友里   (えびはら ゆり)
   栗山千明   (くりやま ちあき)
   篠原涼子   (しのはら りょうこ)
     ※ 「マキアージュ」 というコトバについては、昨年、書いとります。
      http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10053640649.html


の4人でございました。


〓昨年 (2007年) の秋から杏 (あん) さん加わりました。広告では、「伊東―蛯原―栗山―杏」 という組み合わせも見られました。杏さんのみ TSUBAKI と兼任になっています。


〓なるほど、そういう比べ方をすると、カネボウの “コフレドール部隊” も5人です。
〓カネボウは、すでに知名度のあった “レビュー” (REVUE)、“テスティモ” (T'ESTIMO) というブランドを合体させて “コフレドール” としたんだそうです。おもしろいのは、



   加藤あいREVEUE


   “レビュー” の専属は 「加藤あい」 さんだった


ということです。彼女を “コフレドール” に取り込まないで、ALLIE にシフトさせた。



   水川あさみT'ESTIMO


〓レビューの専属は 「水川あさみ」 さんでした。その前が 「山田優」 さん。水川あさみさんは、ドラマで株がドンドン上がっているハズですが、カネボウは彼女を押さえなかった。なぜでしょう。



         あじさい     あじさい     あじさい



〓こうやって見ると、「コスメ・ブランド」 と 「女優、モデル」 の関係というのは、やはり、野球の球団と選手の関係に似ていておもしろうがすね。以前、


   「グラビア・アイドル」 というのは、
   消費者金融以外に CM の契約が取れないものだ


ということを書きましたが、上にあがった名前を見ても、その傾向はミジンもゆるんでいません。「女優、モデルに限る」 というキビシイ条件があるらしい。



   new-ban1   new-ban2

〓今では、かろうじて 「ほしのあき」 さんの new ban (ニュー・バン) があるくらいです。もっとも LION でゲスが……





  【 COFFRET D'OR の意味 】


“coffret d'or” 「コフレ・ドール」 とは、フランス語で、「金の小箱」 の意味です。カネボウによると、「永遠に輝き続ける大切な小箱」 の意味だそうですが、わずか3語で、そんなにいっぱいのことは言えまへん。


   coffret [ kɔf ' re ] [ コフ ' レ ] 「小さな箱」
    +
   d' ← de  「~の」。英語の of
    +
   or [ ' ɔ:r ] [ ' オーふ ] 「黄金」。英語の gold
    ↓
   coffret d'or [ kɔfre ' dɔ:r ] [ コフレ ' ドール ] 「金の小箱」



coffret 「コフレ」 というのは、coffre [ ' コフふ ] 「箱」 に指小辞 -et がついたものです。coffre が男性名詞なので、男性名詞の指小辞 -et が付きます。女性の指小辞は -ette [ ~エット ] ですね。Juliette 「ジュリエット」 の -ette です。


coffre の起源は、ラテン語の


   cophinus [ ' コぴヌス ] 「カゴ」。古典ラテン語
   cophinus [ ' コフィヌス ] 俗ラテン語音


です。13世紀の古フランス語では、この単語が、


   cofin [ コ ' フィん ] 「カゴ」
   cofre [ ' コフる ] 「箱」


の2つに分裂していました。cofin は、よりラテン語に近い音を残していますが、アクセントの位置が違っています。cofre はアクセントの位置を保ちましたが、語末の n r に変じています。
〓つまり、ロマンス語の段階で、


   cófino [ ' コフィノ ] → cófine [ ' コフィヌ ]


という語形を生んだものの、フランス語は、


   アクセントのある音節よりあとの母音はすべて消滅する


という発展をしたため、


   → *cófne [ ' kɔfn ] [ ' コフヌ ]


と成らざるをえませんでした。しかし、フランス語では [ -fn ] という語末の子音群が許されません。フランス人は、そういう音で終わる単語を、よう発音せんかったのです。


〓そのため、2つの選択が行われたようです。


   (1) アクセントを1音節うしろにずらし cofin
   (2) 語末の -n を -r に変化させて cofre



〓そうして生まれた2つの単語が、「カゴ」 と 「箱」 に意味を分化させました。


〓ノルマン・コンクエストの時代には、まだ、両者の語義は分化していなかったようで、中期英語では、次のように借用されています。


   cofin 「箱」
   cofre 「箱、櫃 (ひつ)」



〓どちらも 「箱」 でした。cofre は現代英語では、


   coffer [ ' コファ ] 「貴重品を入れる箱、金庫」。現代英語


となっています。そして、cofin のほうは、


   coffin [ ' コフィン ] 「ひつぎ、棺桶」。現代英語


となっています。これまた、トンデモナイものになりましたね。





  【 T'ESTIMO の意味 】

〓いっぽう、“t'estimo” 「テスティモ」 というのは、カネボウが正式にどう説明していたか、アッシはよく知らないんですが、Wikipedia に言われている


   スペイン語で 「尊敬する」 の意味


だとするとチョイと綴りがヘンなんですよ。


〓この系統の動詞は、そもそもが、ラテン語の


   aestimo [ ' アイスティモー ] 「(わたしは) 評価する」
     aestimare [ アイスティ ' マーレ ] 不定形


に由来します。ロマンス語では、語頭の ae- [ アイ ] が ē- [ エー ] となり、さらに、e- [ エ ] となりました。現代語では、次のようになっています。


  【 不定形 】


   esteem [ イス ' ティーム ] 「尊重する、尊敬する」。英語
   ――――――――――――――――――――
   estimer [ エスティ ' メ ] 「評価する、尊敬する」。フランス語
   estimar [ エスティ ' マル ] 同上。スペイン語・ポルトガル語
   stimare [ スティ ' マーレ ] 同上。イタリア語
   ――――――――――――――――――――
   estimar [ əsti ' ma ] [ アスティ ' マ ] 「愛する、賞賛する」。カタルーニャ語



〓ロマンス諸語は、だいたい意味が同じなんですが、カタルーニャ語だけ、英語の to love に相当する 「愛する」 という語義にシフトしました。


〓イタリア語は、語頭の e- が消失しています。


estimo のごとく -o に終わるのは、ラテン語系の言語で、動詞の一人称単数を意味します。イタリア語、スペイン語、ポルトガル語などでは、動詞の語尾で人称がわかるので、「わたしは」 という主語はなくてもかまいません。
〓また、「あなたを」 というような代名詞の目的語は、ラテン語の を受け継いで、これらの言語では te というような語形になりますが、


   英語のように動詞のあとに置かれるのではなく、動詞の直前に置かれる


のが普通です。英語に置き換えるなら、


   I love you → You love
   I need you → You need


というようなヘンな語順です。ですので、


   te estimo 「(わたしは) きみを尊敬するよ」


という文章になるのです。
〓しかし、


   スペイン語では t'estimo とはならない


のですなあ。フランス語では、


   Je t'estime [ ジュ テス ' ティンム ] 「わたしは、きみを尊敬する」
     ※フランス語は、主語を略せない。



とはなりますが、語末が合いません。フランス語は -o が落ちて、無音の -e がついています。


〓イタリア語は、語頭に e- が無いのは先ほど書いたとおり。


〓するってえと、スペイン語、ポルトガル語が残りますが、


   Te estimo [ テ エス ' ティーモ ] スペイン語、ポルトガル語


が両言語の表記です。ポルトガル語では、


   Estimo-te [ エス ' ティームゥティ | エシ ' チームチィ ] ポルトガル語/ブラジル・ポルトガル語


というふうに後置することもできます。


〓ところがですね、ドンピシャで、T'estimo という言い方をする言語があるんです。


   T'estimo [ təs 'timu ] [ タス ' ティームゥ ] 「(わたしは) きみを愛する」


〓意味は、英語の I love you です。カタルーニャ語では、他のロマンス語で一般的な amar 系統の動詞が 「文語」 に変じてしまって、「口語」 では “横すべり” で 「尊敬する」 という動詞 estimar が使用されるようになりました。


Google で、「カタルーニャ語限定」 で検索をおこなうと、


   t'estimo 431,000件
   t'amo      261件


となります。カタルーニャ語で amar がほとんど使われていないようすが見えます。


〓マヨルカ島の方言では、T'estim -o が落ち、カタルーニャ南部のバレンシア語では、T'estime と語末が -e になるようです。
〓いずれにしても、「愛する」 の意味で estimar を使うのは、カタルーニャだけです。


〓ふっと思ったんですがね、T'ESTIMO というブランド名を付けたコピーライターは、たとえば、


   「世界のことばで “I love you” を言ってみよう」


みたいな本をツラツラと眺めていて見つけたんじゃないか、という気がするんですね。


   「I love you、テスティモ、いいんぢゃない♪」


って感じ。プレゼンのときに、そのネタモトを引っ込めちゃったのかな。


〓カネボウがどう説明しようと、


   “T'ESTIMO” はカタルーニャ語で “I love you”


であることは事実でござんすよ にひひ