「ヨダレ」 の話。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

  【 デガちゃんの 「フーチャー」 する 】

〓先週でしたか、日本テレビで、ナインティナインが司会となって、今はやりの

   「雑学」+「脳トレーニング」

みたいなクイズ番組をやっていました。あまり、成功しているとは言えない構成でしたが……

〓オカシかったのがですね、出川のテッチャンが、

   「フーチャーする」

というコトバを使ったら、岡村隆史さんが、盟友ですねえ、すかさずヒロッてあげていた。

   「はい、それを言うなら “フューチャー” ですよ、出川さん」

〓毎度、話題にしますが、TVに出てくるタレントさんたちは、ワリと “インテリ系” に分類されるヒトたちまで、ことごとく、

   「フューチャーする」

って言いますね。バラエティばっかり見ているアタクシの知る範囲でさえ、

   100%まちがえてる

という状況です。フシギですね。


   ――――――――――――――――――――――――――――――
   feature 「フィーチャーする」 = “看板役” に取り立てる
   future 「フューチャー」 = “未来”  ※動詞としての用法はない
   ――――――――――――――――――――――――――――――


〓これだけ間違えるからには、何か理由があるんですね。おそらく、発音しやすい・しにくい、という音の問題でしょう。ごく同じような例に、

   シュミレーションシミュレーション

があります。どちらも、本来、日本語にない音で、漢語でも現れる率が低い音がかかわっていますね。




  【 「唾液」 が発射できるようになったハナシ 】

〓アタクシ、40を過ぎてから、

   “唾液を発射する”

というワザを獲得しました。
〓欠伸 (あくび) をしますね。アッシのバヤイは、どういうワケだか、舌を後ろに丸めるクセがあります。音声学的に言うなら、“反り舌” ですね。するとね、

   舌下のどこかから “唾液” がピュピュッと飛ぶ

のですよ。こういうヒト、いますかねえ。初めは、欠伸 (あくび) のあまり “ヨダレ” を垂らしたんだと思い、自分でヒキましたが、どうもそうではないらしい。ケッコウな勢いで飛ぶんですよ。
〓あのね、テレビとか映画で、毒蛇が、カメラに向かって毒を吐きかけるのを見たことがないかしらん。あの感じで飛ぶのですよ。普通の “唾液” とちがって、ものすごく透明でキレイな液体です。

〓英語で、“唾液” を spit 「スピット」 って言いますが、印欧祖語の

   *spyeu-, *speu- [ スピェウ~、スペウ~ ]

という語基にさかのぼります。おそらく、「擬音語」 でしょう。日本語の 「ツバ」 というのは、「ツバキ」 の “キ” を略した語形で、16世紀末から使用例があります。『日葡辞書』 では “女性語” とされており、

   「ツバ」 のほうが 「ツバキ」 より婉曲なコトバ

と感じられていたのでしょう。現代人にはとうていわからない感覚ですが。
〓「ツバキ」 のほうは、720年、『日本書紀』 から用例があります。ただし、

   「つはき」  tupaki   [ トゥパキ ]

という語形です。これでわかるように、

   「ツ吐く」 という動詞の連用形が名詞化したもの

なんですね。つまり、

   “ツ” を吐くこと

という名詞です。じゃあ、「ツ」 ってナンでしょう。おそらく、

   “ツ” = 「唾液」

だったんでしょう。「だったんでしょう」 というのは、『日本書紀』 の時代には、すでに、“ツ” のみで使用されることがなくなっていたからです。日本語というのは、さかのぼると、「一音節の単語」 がとても多いんですね。
〓「唾液」 を指す “ツ” が 「化石化」 して残っている例があります。

   固唾を飲む   (かたずをのむ)

〓つまり、「口の中に溜まった “ツ” を “カタマリ” で飲み込む」 ということを言っているんでしょう。古くは、連濁を起こさずに “かたつ” となります。
〓日本語の “ツ” は、もともと tu 「トゥ」 という音であり、これも、おそらくは、擬音語でしょう。



〓英語には、「吐く」 という意味で spew 「スピュー」 という動詞がありますが、印欧祖語の音とほとんど同じなのが面白いですね。
*sp(y)eu- という語基から、*speut- という動詞がつくられたようです。これが、

   spit 「ツバを吐く」→「ツバ」 英語
   spucken [ シュ ' プックン ] 「ツバを吐く」 ドイツ語
   sputo [ ス ' プートー ] 「ツバを吐く」 ラテン語
     → sputum [ ス ' プートゥム ] 「ツバ」
   sputare [ スプ ' ターレ ] イタリア語
   плевать pljevat' [ プりぇ ' ヴァーチ ] ロシア語


〓ドイツ語は、t k に入れ替わったものでしょうか。ロシア語は、語頭の s- が落ちると同時に、п と “軟母音” の接触を嫌って -л- が挿入されたのでしょう。

   люб- + -ю → люблю

と同じ現象ですね。
〓医学用語では、語源の不明な、ラテン語の saliva [ サ ' りーワ ] が採用されたので、sputum は日陰に隠れてしまいました。



〓ついでですが、「あくび」 を“欠伸”  と書くのはナゼだかわかりますか? 理由なんか無いんです。中国語ですから。


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   【 欠 】 大きな口をあけてアクビをする人を横から見た図

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     けtjmk
      “欠” の甲骨文字の字体


〓つまり、「欠」 は “あくび” の意です。音読みは 「ケン」 です。

   「ケツ」 じゃない?

〓もともと、正字体で

   「缺」  “ケツ=欠けるの義”

という文字があり、この文字の異体字

   「缼」

のツクリを取って、「欠」 と略していたために、「欠」 “ケン・あくび” という字が、「欠」 “ケツ・かける” という字に乗っ取られてしまったんですね。かろうじて、

   「欠伸」

に本来の語義が残るわけです。なので、「欠伸」 は漢語として音読みするなら、「ケッシン」 ではなく、「ケンシン」 なんです。


   ――――――――――――――――――――

   【 伸 】 伸びをすること

   ――――――――――――――――――――



〓つまり、「欠伸」 “ケンシン” というのは、ただ、口をあけてア~ア~ではなく、伸びもするわけです。中国語には、

   欠伸 qiànshēn [ チエンしぇン ] 12,353件
   伸欠 shēnqiàn [ しぇンチエン ]  1,190件

           ※いずれも “中国雅虎” による。


のどちらも存在します。現代語としては、あまり、使わないようですね。


〓ところでね、「大山のぶ代」  さんの名前を漢字でどう書くかご存じでしょうか。

   羨代

です。「羨望」 (せんぼう) の “セン” です。「うらやむ」 と訓じます。
〓本来の音は “セン” ですが、本義とは別に、「延」 と通じて使われる場合があり、“エン” と読みます。つまり、

   羨びる 「のびる」 = 「延びる」

というワケで、「延代」 あるいは 「伸代」 と同等の名前と言えます。

〓「羨」 という字は、

   「羊」 + 「欠」 + 「 ミ 」

で成り立っています。

   「羊」 羊を見て、
   「欠」 大きな口をあけ、
   「 ミ 」 よだれを垂らしている

という字です。中国人も、古代には、牧羊民族だったんでしょうか。「羊の肉」 がごちそうだった。
〓ですから、「二と欠」 から成る “次” とちがって、“羨” という字は点が3つなのですね。

   汗汗汗 とヨダレが垂れている描写」

です。