北欧には 「マツタケ」 がゴロゴロ生えているというハナシ。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

「世界の果てまでイッテQ!」 ネタです。あのね、マツタケを食べるのは、日本人くらいなものだそうです。そこでですね、海外に行って、

   ハナをひっかける者さえないマツタケを、ゴッソリ取ってやろう

というのが、今回の旅の目的ですね。担当者はベッキーさん。

〓目的地はフィンランド。フィンランドというと、なんか、唐突ですが、これには DNA的なカラクリがあるらしい。というのは、1999年、スウェーデンで、日本のマツタケとスウェーデン・フィンランドのマツタケが、ほぼ同一の種であることが明らかにされたことが、ネタモトになっているらしいのです。
〓以下に、スウェーデンの

   The Edible Mycorrhizal Mushroom Research Group
     http://www-mykopat.slu.se/Newwebsite/mycorrhiza/kantarellfiler/texter/home.htm
   「食用可能な “菌根性” キノコを調査するグループ」
       ※菌根とは他の植物の根に寄生するための器官。
        マツタケは、アカマツの根に寄生する。

という科学者のグループが設けているホームページから、必要な部分を訳してみます。


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http://www-mykopat.slu.se/Newwebsite/mycorrhiza/kantarellfiler/texter/dna.html

The market of matsutake is highly dependent on species affinity. To evaluate the relationship between Swedish and Japanese matsutake we used DNA-based identification. Sequence data in the rDNA gene subunit provide powerful information for the study of evolutionary relationships between taxa (Bruns et al. 1991). The high level of intraspecific variabillity in the internal transcribed spacer (ITS) makes it particulary useful when working at the species level (Bruns et al. 1991, Kårén et al. 1996). By studying the sequence of rDNA ITS, we wanted to investigate if Swedish and Japanese matsutake are conspecific.

Our DNA-sequencing of rDNA ITS of Swedish matsutake were sent to GenBank to be compared with 3 million sequences using the program BLASTN 2.0.8 (Altschul et al. 1997). Swedish matsutake had a 99 - 100% match with Japanese and Korean matsutake, based on more than 700 base pairs. The results from GenBank are visible below and published by Bergius & Danell (2000). The matchings below are hybrids between one of our Swedish sequences and Japanese or Korean sequences from Genbank. Our sequences are available at GenBank.

It is not surprising that Swedish and Japanese matsutake are conspecific (Kytövuori 1988) as the Eurasian taiga can be treated as a continuous coniferous forest, with no obvious gene flow barriers. Morphology, smell and taste are also identical. Apparently there are two names for the same species, so the nomenclature has to be clarified.

The first non Japanese scientist to mention the Japanese matsutake was the Swedish scientist Thunberg in 1784. The first documented report of matsutake in Sweden was made in 1849 in Halmbyboda near Uppsala by Fries (1854, 1857). He named it Agaricus focalis var. Goliath. The Swedish name "goliatmusseron" coined by Lundqvist & Persson (1987) is based on Fries' name. In fact Fries was probably the first to name the species today known as Tricholoma matsutake. No type specimen remains, but our opinion is that the specimen depicted in Fries' plates S0026 & S0027 (which are kept at the Swedish Museum of Natural History, Stockholm) clearly shows matsutake. This conclusion is in accordance with Lundell & Nannfeldt (1949). Our visit to Halmbyboda revealed a suitable matsutake habitat, but frost precluded a search for fruit bodies. According to the St. Louis Botanical Code where the oldest species name has priority, Blytt's nauseosum from 1905 should be selected. Ito & Imai's name matsutake is from 1925 and therefore younger. Goliath is a name of a variety, which does not have priority over the oldest species name, which is nauseosum. Due to the fact that the name T. matsutake is so commonly used, and since two different names may give the impression that there are two different species, we suggest that the name T. matsutake should be conserved. Therefore, in cooperation with Svengunnar Ryman at the Museum of Evolution, Uppsala University, we published a paper in the journal Taxon where we proposed that T. matsutake should be conserved under Art. 14 of the Botanical Code (Ryman et al. 2000). This proposal was accepted by the Committee for fungi (Gams 2002).




マツタケの相場のいかんは、それがどれくらい日本のマツタケに近い種か、ということにかかっている。

スウェーデンと日本のマツタケの距離をはかるために、われわれは、DNA に基づいた同定を採用した。rDNA サブユニットの塩基配列データは、2つの種のあいだの進化上の関係を知るのに、非常に有用な情報をもたらした。(Bruns 他、1991年)

ITS (internal transcribed space) 領域は、種のあいだでの差異が非常に大きいので、種のレベルの調査をする際には、これがとりわけ有用である。(Bruns 他、1991年。Kårén 他、1996年) rDNA の ITS 領域の塩基配列を調べることによって、われわれは、スウェーデンと日本のマツタケが同一種なのか調べたいと考えた。


われわれの調べたスウェーデンのマツタケの rDNA ITS の塩基配列データは、GenBank (ジェンバンク) に送られ、BLASTN 2.0.8 というプログラムを用いて、300万種の塩基配列データと比較された。(Altschul 他、1997年)

スウェーデン産のマツタケは、日本および朝鮮半島のマツタケと、700個の塩基を持つペアについて、99~100%の一致を示した。GenBank からもたらされた結果は、このページの下に示してあり、また、Bergius & Danell より刊行もされている。(2000年)

下に示したものは、われわれスウェーデンのマツタケの塩基配列と、GenBank に登録されている日本もしくは朝鮮半島のマツタケの塩基配列をすり合わせたものである。われわれの登録したマツタケの塩基配列は、GenBank で見ることができる。


スウェーデンと日本のマツタケが同一種であっても驚くにはあたらない。(Kytövuori、1988年) なぜなら、ユーラシア大陸のタイガは、連続した針葉樹林とみなすことができ、そこには種の拡大を妨げるものは見当たらないからである。形態、匂い、味も、ともに同一である。よって、明らかに、ここに同一種に2つの学名が存在することになり、命名の件をハッキリとさせなければならなくなった

日本人以外の科学者で、最初に日本のマツタケに言及したのは、スウェーデン人科学者 テュンベリイ Thunberg で、1784年のことである。また、スウェーデンのマツタケに関する最初の資料的価値のある報告は、1849年、ウプサラ近郊の Halmbyboda におけるもので、フリース Fries によってなされている。(1857, 1857) 彼は、それを

   Agaricus focalis var. Goliath

と命名した。スウェーデン語の “goliatmusseron” (ゴリアテのキノコ) というコトバは、1987年、ルンドクヴィストとペーション Lundqvist & Persson によってなされた。フリースの学名をなぞったものである。

実は、今日、Tricholoma matsutake (日本のマツタケの学名) として知られる種に、最初に命名をおこなったのはフリース Fries であるらしいのだ。タイプ標本は残っていないが、フリースの残した図譜 S0026 および S0027 (ストックホルムのスウェーデン自然誌博物館に保存せられている) に描かれた標本は、明らかにマツタケである、というのが、われわれの意見である。

この結論は、ルンデルとナンフェルト Lundell & Nannfeldt のそれ (1949) と一致している。われわれは、Halmbyboda を訪れてみて、そこがマツタケの生息地に適していることを知ったが、厳寒のためにキノコそのものを探すことができなかった。「セントルイス規約」 によれば、もっとも古い学名に優先権があり、1905年にブリュット Blytt の命名した

   nauseosum  Blytt (1905)

が選択されるべきなのである。伊藤と今井の命名した

   matsutake  S.Ito et Imai (1925)

は、1925年の命名であり、それゆえ、優先権がない。

   Goliath  Fries (1849)

は変種名にすぎず、もっとも古い学名 nauseosum に対し優先権は持たない。しかし、T. matsutake という学名があまりにも広く使用されている現状にかんがみ、また、2つの異なった学名が混在した場合に、2つの異なった種が存在するような印象を与えかねないことから、われわれは、T. matsutake という学名をそのまま使うことを推奨したい。

それゆえ、ウプサラ大学 「進化博物館」 のスヴェングナル・リューマン Svengunnar Ryman と協力し、タクソン誌 the journal Taxon に、国際植物学命名規約 第14条に基づき、T. matsutake という学名を保存すべきである、という論文を発表した。(Ryman 他、2000年) この提案は、「菌類委員会」 the Committee for fungi によって受理された。(Gams、2002年)
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〓おもしろいことが書いてありますね。もっとも塩基配列の変化しやすい部分で 99~100%の一致を示した、ということは、スウェーデンやフィンランドのマツタケは、日本のマツタケと同じもの、と言っていいわけですよ。

〓だから、「イッテQ」 はフィンランドを選んだわけです。また、フィンランドでは、

   入会権  (いりあいけん)

が日本以上に自由に設定されているそうで、国民全員が、フィンランド国土のどこであろうと、木の実やキノコをとってもかまわない、ということが法律で定められているそうです。
〓そこで、ベッキーさんと亮太くんという男の子が、フィンランドのアカマツ林でマツタケを探すこと

   30分で、60

〓最終的には、

   104本を採取

しました。日本の専門店で鑑定してもらうと、そこはやはり国産ではないということで、取引価格

   1本 2,500円

〓しかしですね、104本あれば、

   26万円

です。

〓なぜ、こんなに取れるかというと、日本の燃料は高度経済成長期から石油に変化し、里山でたきぎを取ることがなくなったことに原因があるそうです。里山の木を手入れしなくなったために、アカマツ林の環境が荒れたのですね。まあ、広く里山が荒れたセイと言えそうです。
〓フィンランドの自然は、ものすごくきれいに手入れされているようなのです。アカマツ林など、下の地面には余計な枝や倒木などは、まったく見られません。それに、

   フィンランド人は、ほとんどマツタケの存在を知らず、
   もちろん、食べることもない


そうです。マツタケの匂いを嗅いでもらうと、みな、一様にイヤな顔をし、

   「靴下のニオイがする」

と言ったヒトもいます。

〓マツタケの匂いの成分は、マツタケオール matsutakeol というもので、これは、大豆などにも含まれていて、大豆食品を食べる日本人には、いい匂いに感じられるんだそうです。
〓つまりですね、フィンランドのアカマツ林では、毎年、大量のマツタケが、誰に採られるでもなく、ホッタラカシなのです。
〓しかし、今回のベッキーさんの件も、むこうでは新聞の一面に載ったり、あるいは、日本では、高価で取り引きされるマツタケというキノコが、フィンランドの森では手つかずである、というようなニュースが流れたりして、むこうでも徐々にマツタケが知られ始めているようです。
〓あんまり騒ぎすぎると、日本の不利になるんじゃないの……




  【 「マツタケ」 の学名 】

〓上のスウェーデンの学者のグループが、マツタケの学名について書いていたことが、理解できたでしょうか?
〓コラムにれのやでも、たびたび、申し上げていることですが、

   学名は、いちばん古く発表されたものが採用される

ということに決まっています。「国際植物学命名規約」 というもので決まっているんですね。植物学でも動物学でも、ときどき、同じ種に2つの学名が付いていた、ということが明らかになる場合があります。あるいは、2つの別の種と考えられていたものが ── 今回のマツタケがそれに相当します ── 同一の種であると判明する場合もあります。
〓そうした場合に、どちらの学名に統一するか、ということを裁定するのが、この規約の目的なのですね。
〓マツタケに、もっとも古く学名を付けたのは、スウェーデンの地質学者 アクセル・ブリュット Axel Blytt という人物のようです。彼は、種小名を、

   nauseosum [ ナウセ ' オースム ]

としました。この形容詞は、古典ラテン語から存在する語で、ちょいと面白いので説明してみましょう。



〓ギリシャ語で 「船」 を ναῦς naus [ ' ナウス ] と言います。これに当たる語は、ラテン語では navis [ ' ナーウィス ] 「船」 です。そうした、単語を形態素 (語の一部) として持つラテン語彙に、

   nauseo [ ' ナウセオー ]
    (わたしは) 船酔いを起こしている。
    (わたしは) 吐き気がする、むかつく。
    (わたしは) 嫌悪する。


があります。うれしくない単語ですね。そして、そこから派生した形容詞に、

   nauseosus, -sa, -sum 船酔いした、吐き気をもよおす。

があるのです。つまり、nauseosum 「ナウセオースム」 というのは、「吐き気をもよおす」 という形容詞の中性形です。
〓属名の Tricholoma [ トリこ ' ろーマ ] 「キシメジ属」 が中性 ── -μα に終わるギリシャ語名詞 ── なので、形容詞も中性形をとります。

〓しかし、スゴイ名前を付けてくれたモンです。「吐き気をもよおす」 とは。 Tricholoma は、「毛の生えたドレスのすそ」 という意味ですんで、まとめると、


  吐き気をもよおすニオイのする
  
毛の生えたドレスのすそ


という意味になってしまいます。ブリュットは、この地球上に、こんなものを好んで食うヤツラがいるとは、ユメユメ思わなかったことでしょう。

〓いっぽう、 matsutake という種小名が付けられたのは、意外に遅く、大正14年なんですね。菌類学者の伊藤誠哉 (いとう せいや)、今井三子 (いまい さんし=ミツコじゃないよ) 両博士が命名したものです。このタイプは、同格の主格名詞が並立している名詞、とみなします。

〓しかし、ここで、nauseosum matsutake が同種であってみると、古参の種小名である nauseosum に軍配があがるわけです。

〓しかし、スウェーデンのグループは、第14条を持ち出し、規約を曲げて、matsutake という学名を温存すべし、と主張し、それが認められたワケです。今日、マツタケの学名が、

   Tricholoma matsutake

であるのは、彼らのおかげと言っていいでしょう。さもなくば、自動的に 「吐き気をもよおすキノコ」 という名前になっていたわけですから。

〓第14条というのは、要するに、永い年月にわたって、厖大な資料が matsutake という種小名のもとに書かれてきており、そこに、ほとんど実績のない nauseosum という学名が登場した場合、通常の優先権を行使して、後者を有効名としてしまえば、

   かえって、植物学における利便性を失わせるもの

であり、それは、「学名の理念に反する」 ということで、例外的に新しい学名のほうが保存されるのですね。

〓ところで、いちばん古くに学名をつけたフリースの、

   Agaricus focalis var. Goliath
    [ ア ' ガリクス フォー ' カーりす
         ワ ' リエタース ' ゴりアと ]

という学名は、マツタケを Agaricus focalis というキノコの変種としているので、競技の参加権がないのです。 Agaricus focalis というキノコじたいは、現在、Armillaria focalis と呼ばれるもので、和名はおろか、日本語による記述もネットに見当たりません。したがって、ナンというキノコ、とも申し上げようがありません。
Goliath というのは、旧約聖書に登場するペリシテ人の巨人兵士 「ゴリアテ」 のことです。北欧のマツタケはほうっておかれるので、20センチを超えるような巨大な姿になります。そのことを言ったんでしょう。また、matsutake は、スウェーデン語で、

   goliatmusseron 「ゴリアトムッセロン」 (?)

ということもわかりましたね。「ゴリアテきのこ」。“巨人キノコ” という意味でしょう。musseron は、あきらかに英語の mushroom と同源ですが、ゲルマン語ではありません。ラテン語起源で、スウェーデン語はフランス語、

   mousseron [ ムゥス ' ロん ] ヒラタケ

の丸写しですね……