こんにちは
Lake です
ご覧いただきありがとうございます
今日のタイトルですが、
記憶がよみがえったのは、
私ではなく娘のはなしです。
先週、娘が 夕日を見る目的で
サイクリングに出かけたのですが、
自転車で山の中腹まで行き、
途中からはケーブルで
さらに上まで登ったそうです。
ケーブルを降りると、
そこは雲が迫ってくるような高さ。
娘は その時に雲の中にいることを
すごく怖く感じたというのです。
「雲がこっちに迫ってきて、とにかく怖かった」
と言うので、
「いったい何がそんなに怖かったの?」
と尋ねるのですが、
何が とはわからなくて、
ただ感覚的に怖く感じたと。
夏休みの間、これまでと違い
意識して自然にふれたり、瞑想の時間を
持つようにしている娘なのですが、
それは 瞑想中に突然やってきたそうです。
ヒーリング音楽をかけて、
ひとりで瞑想をしていると、
先日の山の上での雲の映像が
イメージで浮かんできて、
そのときは、”こわい” ではなくて
”ここ知ってる。懐かしい” と感じたそうです。
自分は雲の一部のような
ふわふわした存在で、
人々の家が点々と小さく見える様子を
上から見下ろしていたと。
(その様子が、感覚的によみがえったことで
先日、山の上で恐ろしく感じたのでしょうか?)
上から下の様子を見ていて、
そのなかの ひとつを見つけると
「あ、あの家にしよう!」 と決めて、
ぴゅーーーーーーん
と降りていったんですって。
そうしたら、
お母さん(私)のお腹のなかに入って、
そして出てきた赤ちゃんの自分が見えて、
「わぁー、なんてニコニコして
あったかくて明るい命なんだろう。
この世に来てくれてありがとう!」
と、
なんともいえない祝福の気持ちになったと。
それは自分のことなんだけど、
そのとき(瞑想中)は、第三者として
その命のエネルギーを感じて、
あぁ、このピカピカの命は私だったんだ
と思ったら、
身体がほんとうに 容れ物のように
感じられたそうです。

興奮気味に語る、その話を
興味深く おもしろく聞きました。
小さい子って、
言葉を語りだす2~3才頃に
胎内記憶のことを話すこともあるというので、
子どもたちが小さい頃に
訊ねてみたことがあります。
結果は、ふたりとも
「は??」
という反応でした。
お母さん なにを言ってるんだろう?
そんな顔で、
まったくの空振りでした。
それが、10数年たった今頃
こんなふうに面白く語ってくれるとは
なんとも予想外の出来事でした。
ちなみに、
娘は この年頃にありがちですが
10代前半から、様々な
容姿コンプレックスをもっていて、
自分のことを
かわいいとか、イケてるとか
言ったことがありません。
それが、
その時に見えた 自分の命が発する
エネルギーの輝きとか暖かさに対して、
「全肯定の祝福しかなかった」
と感じたそうです。
すごいなぁ
おもしろいなぁ。
命って不思議。
なるほど、なるほど、へぇ~
と思ったあとに、
1ヶ月前に 交通事故にあった
息子のことを思いました。
十日程前に退院して、
今は1日1回 短い連絡をくれますが、
息子も、
自分の命はこんなにピカピカで
望まれて祝福された輝きを持っている
って感じてくれたらいいなぁ。
そう思いました。
伝わって欲しい。
最後までご覧いただきありがとうございました