先月mixiで、あしあと10000件を突破したのでアメブロにも参入しようっと。

よろしくお願いします。

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評価 2 新本で買うのは損です
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売春の定義と沿革についての記述は興味深いものがあります。

しかし、現状分析や具体的施策に関しては,時代的違和感が否めず、また、1950年前後のフランス社会を想定しても歯切れが悪いです。第二章までと第五章を立ち読みすれば事足りる本です。


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 内 容
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1章 売春の定義
「婦女が金銭を対価として自由意志で拘束されることなく常習的・反復的・かつ不断に性的交渉を行うこと」


2章 売春の沿革
1)当初、売春は歓待する行為と結びついていた(主婦の体で客を歓待、労働促進)
2)その後、宗教的偶像崇拝的性格へ、そして国家事業(公序維持と税収)へ
3)地方レベルでの取締、売春の登録制など、を経て公娼制度は1960年に公式に終了。
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!気になる指摘
・古代
ギリシアには売春婦には三階級あり、その第二階級オートレトリッドは、宴席で歌舞を行う者で、香港の歌姫、日本の芸者と同一視。紀元前二世紀までローマでは、どんな隅でも事が行われていた。その後売春仲介業者を対象として取り締まろうとするも、売春婦が大反対。解放された売春婦たちに礼儀などを教える保護収容施設からは多くが去った。
・中世
売春は禁止、厳罰化されるも奴隷性が存続し、売春婦の数は増加。十二世紀は売春婦が栄華を誇り、トマスアクィナスも売春や度の役割を尊重。売春の容認理由は、「その愚鈍のゆえに」。
・近代
売春の後押しをしたものは耳と鼻を削ぐなど、厳罰化すすむ。
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第3章と第4章は読み飛ばし可。
1)1949年の売春経営および人身売買防止協約は、

  禁止国(禁止政策あり)、規制国(登録規制あり)、廃娼国(登録売春婦もいない)に分類。
2)各国の売春の現状が要約してある。

 (20Pほど。内容が古すぎるため割愛)
3)売春の出身環境としては、経済的条件、品行、知的水準。
 個人的要因として生理的要因(若さ、性的本能からくる誘惑)と

 心理的要因(意欲、感性、知能)をあげて、そのうち,知能に関して重視。

 「平均知能以下のものが多く,愚鈍である」。
4)形態は,娼屋(売春宿)、街頭(立ち止まり系 通称「ろーそく」)、

 そして休みなしに歩き回る形態。


5章 売春仲介組織
 売春仲介を、1ひも、2売春宿経営者、3売春の周旋人、4人身売買業者の四つに分類。
1)売春婦の8割がひもを養う。ひもは当初は甘言を、そして最終的には性関係ではなく暴力で女性を支配する。
2)1964年以前は巨富を築くための容易な職業。時に圧力団体として政治的にも影響を及ぼした。
3)売春の取り持ち役。ほぼ女性。
4)売春事業を現場で行う者(含む上記3つ)を支配する者。国際事業も行い,フランス女性をうまく騙して「輸出」したりする。


6章 社会の側の反応
立場としては、「売春一切禁止」と「廃止は不可能ゆえの登録売春」の二つ。フランスでは後者が優勢。すなわち、「売春は現に存在するし,現代では女性に対する強制はない。したがって,衛星的な観点から警察と意志の監視化で特定地域に集中させた上で登録制度化するべきである」。対立的な立場は廃娼論「自己の肉体を処理することは自由。売春婦は罪ではないのに独立した市民ではなくなる危険性が大きい」。



==私見==
売春を考察する上での古典ともいうべき文献。ただし、古典とは注意喚起をこめて,という意味です。数字の取り扱いの粗雑さは目立ちます。(P99とP123の記述の食い違いなどなど)。分類に関しても切れは今ひとつ。売春に関して考察される方は、この程度の内容水準ではいけない、という意識を持って読んでほしいと思いました。

北田 暁大
嗤う日本の「ナショナリズム」

新興の社会学者の社会分析のセンスを堪能できる本。

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評価 3

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以下の三点がポイント。
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1 2チャンネルの社会的機能
掲示板2チャンネルを継続合理性という名の下に、マスメディア、特にテレビの目的合理性と巧妙に接続してみせることに成功していること。

2 分析の単位の新規性
世代区分を単純にディケード(10年単位)でやらずに、典型標本を用いて独自に形成し直していること。

3 他の社会分析の整理
現代の世情を分析する際に社会学の理論を「適用」してみせる人々を配置し直していること。

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疑問点(今後の期待)としては下の三つ。
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1 2チャンネルという特殊性
2ちゃんとは、投稿者の責任に制度設定上違いがあるmixi型のコミュニケーションに、どのように接合できるのか。
→2チャンネルという無責任発言を最大限に許容する制度設計も気にかかるところ。

2 他の要因の方が大きいのではという直感
コミュニケーションツール(技術、普及を含む)の発達の要因と、いずれの方が主たる要因といえるだろうか。
→メディアアクセスの容易さが向上することに伴って、発言者の質が変容する点について、お話しを聞きたいところ。

3 他の文化論との整合性はあるか
典型標本を、時代区分に従う他のサブカルチャーをとってみても、それが議論のロバストネスをチェックすることになるだろうか。
→マンガ論、Jポップ、流行語に関してはどうなっているのか。
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 しばらく社会学の本から離れていましたが、なんだか解釈小説のような<お話し>が多い中、議論に値する本でした。


どうしたらわかった!という気分になるの?


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評価 3
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ちょっと易しく書きすぎたのでは?という気がします。医学用語がほとんど用いられていませんから、かえって不安に(作者が考えた用語では?)なります。

 内容的に秀逸なのは、思考の単位を心像とし、記憶心像を分類してみせる第三章です。また、第四章のいろいろな<わかり>の紹介とそれに続く五章の説明にも、なるほど、と思ってしまいます。


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内容紹介
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要は、わかるために必要な土台は記憶であり、記憶の心像(実はこの用語が曲者)を統合したり整理したりして、心像を減らすことがわかる、である、ということです。
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 山鳥さんは、思考の単位として心像に着目します。心像とは、経験を通じて作られ、世界(外部)と自分(内部)の双方に触れるために再構成をおこなうためのものと説明されます。心像には、知覚心像(今を知覚する)と記憶心像(そのために動員される)があるそうです。この記憶心像に記号(言語など)が重ね合わされると、わかるための手がかりができます。
 わかるためには、記憶が土台となりますが、記憶を分類すると・・・

1 個体としての記憶
11 意識に呼び出しやすい記憶

   (陳述記憶)
111 出来事の記憶

    (自分の身の回りの1回1回の出来事の記憶)<個人的・可変>
112 意味の記憶<社会共通・不変>
1121 ことがらの意味
     経験の積み重ねの中でできごと記憶の共通部分が抜き出されたもの
1122 関係の意味
     全体に占める部分の空間的位置関係。

     (妻にとってのご主人とお父さんの同一性)
1123 変化の概念
     同じモノの時間的変化。動詞概念の成立。(ナイの概念把握)

12 意識に呼び出しにくい記憶(手続き記憶)
   視覚イメージではなく、手続きの積み重ねでできる身体的記憶。

2 種としての記憶(情動反応、反射)
  DNAに書き込まれた遺伝する記憶。

                     のようになるそうです。
 しかしひとえにわかると言っても、

1)全体像の把握・見当づけ、分類による整理(自分と同時に存在する現象理解)
2)説明による筋道立て(今の現象と過去の時間的つながりを理解)
3)空間・位置関係の把握
4)仕組み・からくりの理解
5)規則に合わせて理解(これだけは他の5つと違って何かを感じることができず、わかりにくい)


があるそうで、こうした作業を通じ、心像の数を減らしたり、ルールを発見したり、分かっている他の例に置き換えたりすると<わかった>という感覚が得られるそうです。


第6章と終章は付け足しで書かれているような部分で、「わかるというのは秩序を生むこころの働き。

その信号がでるとこころに快感が生まれる」「わからないということは、自分の頭に収まらないという感情」「わかったことは、行為に移せるし、本当にわかったことは応用ができる」といった話しや、作業記憶の話しが付け加えられます。


~目次~

第1章 「わかる」ための素材
第2章 「わかる」ための手がかり―記号
第3章 「わかる」ための土台―記憶
第4章 「わかる」にもいろいろある
第5章 どんな時に「わかった」と思うのか
第6章 「わかる」ためにはなにが必要か
終章 より大きく深く「わかる」ために


=私見= 
 わかった、という感覚は、一見、自分の内側の観念と外からの情報の突き合わせで決まりそうに見えます。この本はその次元で話を進めています。が、哲学的認識論からしても、ちょっと旧態依然としたレベルです。せめてそこから生じる錯誤の度合い、ここにも着目すべきだと思います。その方面の文献として、新書としては2冊の良書を紹介できます。誤解をマイナスイメージでとらえる市川伸一の「考えることの科学(中公新書)」、それからプラスイメージでとらえる下条信輔の「意識とは何だろうか(講談社現代新書)」。双方を是非読んでみてください。
 なお、記憶の分類は他にもいろいろありそうですが、医学屋さんからのこんなに分かりやすい分類は初めてかもしれません。しかし、この分類、脳生理学上もちゃんと体系的に実証されているのでしょうか。一部は症例を出してきて説明していますが、分類全体の科学的信憑性は見いだしにくい内容になっています。

北沢 一利
「健康」の日本史

「体を鍛えることは健康」という常識は時代的なもの?

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 評価 4  
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 面白く一気に読めるという点ではおすすめです。江戸期の健やかさと、近代以降の健やかさの違いをうまいこと対照的にまとめてあります。そしてそのいずれが優れているのかに、作者が触れていない点に好感が持てます。


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 内容
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=要約=
 体操は、西洋式軍隊化のための秩序訓練として導入され、その後学校で採用。大衆化したという経緯を持つ。江戸期は今日の<健康観>とは異なる<養生観>であり、そこには体を鍛えるという観念が存在していなかった。
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<健康と体操の起源>
 北澤さんは、健康という言葉は1830年代にいた二人が用い始めたとします。それは、天才肌で波乱の人生を生きた高野長英と、勤勉で人望も篤い緒方洪庵の両者ですが、定着に大きく貢献をしたのは、適塾で多くの門下生を持った緒方であるようです。その当時から、健康という語は、身体の生理学的メカニズムなどの医学的根拠に基づいて客観的に判定され、それまで使われていた「丈夫」「健やか」とは異なる医学用語として、用いられていたようです。

 続いて適塾出身の福沢諭吉の健康観の移り変わりを三つにまとめています。それは、
1)新しい医学用語の紹介の時期、
2)貧困や伝染病に打ち勝つために自発的に体を鍛える積極的健康観の時期
3)すべての人に自発性を期待することに失望し(百姓町人をブタだというようになっています)、殖産に役立つ体力作りや練兵運動を学校科目に採り入れることを提言する時期です。


 体操の歴史にも触れています。体操の基準を、<身体内部に作用させること>と<集団秩序訓練>と定めている点が面白いです。

 アヘン戦争や幕末の外圧により、西洋砲術の稽古が多くなされ、弓術がなくなったこと、砲術は下級武士と同じ事をやらねばならなかったので階級制度が障害となったこと、長州藩や薩摩藩では農民を組織化して砲術を習わせていたこと、そしてその結果としての、第二次長州征伐における幕府側の敗北。

 「百戦錬磨の武士集団」対「腰抜け徴兵軍」という戦いであった西南戦争と結果として実証された西洋式の新しい兵力のすばらしさ。そして、集団秩序訓練のために学校に導入された体操。そして運動会による一般大衆への周知化。こういった歴史的経緯が解説されます。


<江戸的養生と近代的健康>
 北澤さんは、江戸時代と明治以降の身体観を以下のように比較しています。

江戸以前=主観的<身>=身の内外は同じ原理=儒教思想(善悪)に従う=気を巡らす(保存)         =成果が不明確=熟練を必要とする

明治以降=客観的<身体>=身体の内部は独立=生理学的法則(正誤)に従う=筋肉を鍛える          =成果が明確=反復回数を重視する


そして明治期には混在していた両者でしたが、以後、一時期道徳的理念に裏打ちされた剣術や柔術が勢いを盛り返した時期もありました(大正期から第二次大戦期の精神修養を重視していた時代)が、圧倒的に後者の健康観が優勢になっていきます。

 なお、国民体育大会は明治神宮造営を記念して開催された競技大会(大正13年)がその前身で、ラジオ体操は、昭和天皇即位の時に企画された国民的事業(昭和3年)だったそうです。


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  私見
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 問題へ興味を持つのは、個人的動機が多いと思います。だから健康へ興味を持つのは、その多くが病気がちの人であったり、高齢者であったり、あるいは身近にそのような人がいる人でしょう。逆に身近な人々も含めて<健康状態>になれている人は、その有り難みが分からない。僕自身もそうです。