継続性の復元に用いられる枠のイメージ 2002/ 5/19 大和心472 | ひょっこりひょう「たいわん」島/(台湾ブログ)

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継続性の復元に用いられる枠のイメージ 2002/ 5/19 大和心472

継続性にある合理性とは何か?と考えてみますと 継続は力という言葉があり これは「伝承の重要性」を人が 無意識に感じていることであり 無意識に感じる秘めたる価値が存在しているということでしょう。
一旦 文化的伝承が戦禍などにより伝える人の力が失われるとどういうことになるかと言えば いずれ地中にうずもれてしまい そして発掘してしのばれる遺跡となる。このような姿を世界中でみることでその断絶をしることができます。
人から人へ伝えていくしかないものに ものの作り方、作法というものがありますが。これを自然な形で伝える環境という枠としてのイメージが言葉になったものが 家なら家風、会社なら社風、芸能のジャンルなら○○流、地域なら土地柄や風土、国ならお国柄と表現であるのでしょう。
かけがえのない積み重ねられたものを失わない為の枠とこれらのものをとらえてよいのではないのでしょうか。
その最も大きな枠を考えると 国柄、これを堅苦しい言葉で言えば国体であります。日本の継続性、伝統性を保つ枠が国柄なら その核は皇室であり天皇であるわけです。皇室を敬愛することは国柄を大事にすることとまた同義というわけです。

以上
2006/3/19(日)投稿