選挙が近づき、各党がいっせいに食品の消費税をゼロにすることを主張し始めたが、財務省はおそらく消費税に国民の関心が集まるとやばいと感じているんだろう。御用聞きの経済学者やメディアを使って打ち消そうとしているようだ。

先週の日経一面にある添付の記事には驚いた。

 

どうして財政や社会保障の持続性を損なうような事態に陥るのか全く理解できない。「消費税は社会保障を支える安定的な財源として不可欠であり、その減税に踏み込めば社会保障や財政の持続可能性に不安が生じる」と回答した一橋大の陣内了教授も貨幣論を全く理解されていないようだ。

 

他のマスコミもそうだけど、どうして消費税が社会保障の財源なのか、ただ法律にそう書いてあるからとの理由で信じているみたいだ。お金に色目はない。

 

また、早稲田大の野口晴子教授は「食料品減税で年間数兆円の税収が失われれば、財政赤字拡大と長期金利上昇を通じて国債の信認リスクが高まり、金利上昇と財政悪化の悪循環に陥る」とおっしゃっているようだけど、これも意味不明だ。

 

お金は貸借関係で生じる、つまり国債発行は信用創造で無からお金を作るものである。高市総理でさえ、減税の財源として国債発行になぜ言及しないのか。片山財務大臣もわかっているのだろうけど、インフレにさえ気をつければ、国債発行は全く問題ないはずだ。

 

それにもかかわらず、財政健全化と言えば、財政赤字を出さずに、積みあがった国債残高を減らすことだと勘違いしている政治家やジャーナリストがほとんどだ。

 

日本政府が初めて赤字国債を出した昭和50年の国債は実は償還されていない。いったん返済する形で償還されているが、また借換債を発行して実際には償還されていない。だから、今国債を出すと将来世代が返すことになるからつけになるなんて、あり得ないことを大多数の国民が信じ込んだでしまっている。

 

お金は貸借関係で生じるから返済するとジューっと消えてしまうことを理解できていない。消費税を廃止した分の穴埋めを国債で行うことは、市場から消えていた「血液」を再び注入し続けることを意味する。

国債残高は「成長の記録」である。それで「国民の資産(預金)」と「国の供給能力(技術・インフラ)」が増えていれば、それは借金ではなく、「日本の豊かさの貯金」であると考えるべきだ。

消費税廃止は、単なる減税ではなく、日本が「貧乏になるためのブレーキ」を外し、「豊かになるためのアクセル」を踏み直す行為だ。

 

「2年限定」などという中途半端な策ではなく、「二度と消費税という足かせをはめない」という決断こそが、この10年後の明るい未来を作る唯一の道ではないかと考える。