数打ちゃ当たる

「数打ちゃ当たる」ということわざがあります。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとも言い、射撃が下手でも、回数を多く打てば命中することがあることから、肯定的に使う場合と誰でもできると皮肉を込める場合いの2つがあります。この言葉をどのように捉え、糧にすれば良いのか様々な飛躍をするかもしれませんが考えてみます。

 

まず気を付けるべきは、目上のひとに使えない言葉であり、会議など公の場で使うと場の雰囲気を崩してしまう可能性がある点です。事業において試行を重ねる場合に使用すると皮肉をこめているを感じることがほとんどでしょう。特に他人の経験や大事業にかかる際の表現として失礼であるため使用を控え、思っても自分の心の内に秘めましょう。一方で自分の経験を語ったり、軽い話題で使用するにはニュアンスが伝わりやすく適しています。雰囲気を和らげることもできます。この場合は肯定的にも受け取られやすく、皮肉に取られても問題ないので、使い勝手の良い表現と言えるでしょう。

 

類義語には「下手の鉄砲も数打てば当たる」「下手な鍛冶屋も一度は名剣」「下手の黒星」「下手の真星」「下手の金的」などがあります。対義語には「下手の的は外れる」があります。

 

「下手」ことわざの例

類義語と対義語を見ると「下手」に着想を得て考えてみると面白そうです。

下手を使われていることわざの一例です。

「下手の横好き」下手なくせにその物事が好きで熱心であること。私のカラオケはまさにこれです。

「下手の長談義」話が下手な上に長々と話をすること。また、口下手に限って長話をする傾向にあること。よくわかります。要領を得ない話にはうんざりしますね。私の考えでは言葉数が足りない人とこの場合の口下手は異なります。言葉数が足りない人はたとえ話が下手でも多くの情報を与えることで理解して貰えることが増えるのです。長談義にだけはならないようにしたいものです。

「上手は下手の手本、下手は上手の手本」上手なひとのやり方が手本になるのは勿論のこと、下手な人のすることは反省や参考になることが多いということです。いんかん遠からずということでしょうか。皆で上手くなっていきましょう。

「下手があるので上手が知れる」下手なひとがいるからこそ、上手な人の存在が目立つということです。無意味な存在などいない、周囲に感謝ですね。それにしても職人さんは凄いですよね。下手な人は食えず上手でもプロと比べられプロは誰にも褒められない。自己弁護に使えるある意味使いたくない言葉です。

「下手の馬鹿好き」上達の見込みもないほど下手なのに、その物事が好きで非常に熱心であることです。そっと離れて応援してあげたくなりますね。無益でもいいんです。

「下手の大連れ」役に立たないものが大勢でぞろぞろ歩くこと。また、人数が多すぎるためかえって物事がうまく運ばないことです。班活動は4人がベストだとよく言いますよね。あまり多いとさぼる人や意見を言い出しにくい人が出てくるようです。能力が低めのひとが集まってしまったらなおさらですね。人の役に立つために大連れはやめておきましょう。

 

数打ちゃ当たる:現代社会ではどう感じられるか

現在社会において「数打ちゃ当たる」は金言です。この世はSNS時代、検索環境が発達した現代では過去の資料が人の目に留まる可能性がおおいにあります。また終身雇用が限界となり、転職によるキャリアアップが当たり前の世の中です。初めから良い会社に、結婚は一度きりという常識が当てはまらない時代です。同時に失敗が許されないと感じる時代でもあります。多くの成功者は早くに動き出し、すべき論が本や動画にあふれていて、失敗者の烙印を押させたら最期、人間的に否定されるような印象があるからです。ですが、人生においてパーフェクトコントロールは必要ありませんし不可能です。失敗を否定する人はそもそも行動できていないため否定しがちなのです。

行動しない人が否定しがちというキーワードからあるシンガーソングライターを思い浮かべました。私が生まれる前に発表されている曲ではありますが中島みゆきさんの「ファイト!」です。戦う君の歌を戦わない奴らが笑うだろう。人はぶつかる壁に立ち向かい、多くの困難をくぐり乗り越えて進んでいきます。登るに鱗が剥がれることもあるでしょう。流れる水は冷たく、理解されないこと怖いです。失敗が怖いです。現代では、多くの情報が手に入り失敗しないために使えます。一方で多すぎる情報により頭でっかちになれば、自分らしいオリジナリティがある正しい判断はできません。ただ数打てば良いのです。人に頑張れと言われても出来ませんが、誰かが見ていてくれる中で足掻くことが出来ます。数打ち足掻いてみようではありませんか?

 

この現代社会、やはり失敗したくないという気持ちは拭えません。家族を持つこともありましょうから。ここで私はイチロ―さんの言葉が頭から離れないことに気が付きます。野球選手のイチローさんは「最短距離で成功するのは無理。できたとしても深みが出ない。遠回りがすごく大事」だとインタビュ-の中でおっしゃっています。私が思うに自分の道を歩くのか、最短ルートを歩かされるは自分で決めるのです。数打つこと、さらに試行錯誤することこそが道です。よく満足したらそれで終わりという人がいますがそうではありません。たとえ満足してしまっても、生きることは続きますから。むしろどんなに小さなことにも満足感を感じ、達成感があるからこそ次が生まれるのです。立ち止まらないで、小さな満足をして次に行く、それが実に人間らしく失敗こそが人間の本質であるとさえ私は思います。

 

私はこの ことわざ に生き方を感じました。皆さんはこの ことわざ から何を感じますか?乱文乱筆失礼いたしました。ご感想をお待ちしております。

オーラム