
今年は事のほか雪が多く、各地で様々な災害が発生し、心を痛めている一人ですが、
日本は、雪を舞踊の素材として見事な作品を作りだしています。
今回は、一際美しい、舞:鷺娘。
一面の雪景色の中に、積もる思いを胸に、ぽつんと白無垢姿の娘が佇んでいます。
その姿はあたかも、舞い降りた鷺を連想させるようです。「吹けども傘に雪もって積もる思いは淡雪の…」歌詞に込められた、しんしんと積もる娘の恋心、胸の思いを美しい音楽に乗せて踊っていきます。
人間に思いを寄せてしまった鷺の悲しい恋。我が身を一途に恨み、悲しむ心情を時折、羽ばたく様子など、自分が鷺であることをほのめかす振りが織り交ぜられる。
ロシアには、伝説のバレリーナ、アンナ・パブロワ(Anna Pavlova,1881-1931)という素晴らしいバレリーナがいます。9歳の頃に母と『眠れる森の美女』のバレエを観賞したことでバレリーナを志しました。
ロシア帝室バレエ学校卒業後、優秀な試験結果から群舞を経ずにコリフェとしてマリインスキー・バレエに入団。その白く透き通った肌、小さな頭部、整った目鼻立ち、細長く優美な脚線など、バレリーナとしての天性の素質を備えていたことに加え、踊りへのたゆみない努力と情熱によって、瞬く間に才能を開花させ、トップの座に上りつめ、若くして『ジゼル』で成功を博し、神の道化ニジンスキーとも共演。
1907年、ミハイル・フォーキンの振付で本作を舞い、揺るがぬ名声を勝ち取った世界的なバレリーナです。
バレエとは「重力に逆らって空を舞う」ことに真価があるとされ、キリスト教における死の超克
西洋の「天上」を目指す思想と合致しています。その意味において、空を飛ぶ鳥以上にバレエにふさわしいモチーフはありません。とりわけ美しく、気品と優雅を兼ね備えた「白鳥」は、まさしくバレリーナのトーテム(族霊)と言われるゆえんです。
その、幻ともいわれるバレリーナ、アンナ・パブロワが1922年に来日し、『瀕死の白鳥』を上演しました。
当時その舞台を観た名優・六代目尾上菊五郎は、「これはロシアの鷺娘だ」と言ったのは有名な話しです。
『鷺娘』の幕切れはドラマチックで、人間に恋した故に地獄の責めを受け、苦しみ、死に絶える。
このシーンは『瀕死の白鳥』の影響ではないか?との説がありますが、定かではありません。
文化は、それ自体に溶け合う力があると言われる。ロシアと日本の文化が交流して生まれた「鷺娘」。
日本の踊りが突然、世界とつながり、「鷺娘」に向ける目が変わりました。