おススメ神社⑪ 石上神宮 | 今こそ日本を学ぼう

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私の勉強ノート(日本について、趣味の神社巡り、韓国語、本の紹介など…)

 
 
どうも、のあれ です。
 
 
 
禁足地の紹介で奈良県天理市にある石上神宮神社のご紹介しましたが、
 
2日前、旦那と休みが被ったので久しぶりに行ってきましたニコ
 
 

 
 
鳥居までの参道もすごく好きですラブ
 
 
 
 
 
こちらの鶏様たちは、
自分が神使であることを自覚していらっしゃるようですびっくり(笑)
 
 
 
動画に収められなかったのですが・・・
 
石段の上で「コケ―――――っ!!」と鳴いたあと、
歌舞伎役者が舞台で跳ぶような感じで石段から飛び降りてきたので
思わず圧倒されましたポーン(笑)
 
 
 
 
皆様一列で並んでおられます(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石上神宮の歴史
石上神宮は、大和盆地の中央東寄り、龍王山(りゅうおうざん)の西の麓、
布留山(ふるやま・標高266メートル)の北西麓の高台に鎮座し、
境内はうっそうとした常緑樹に囲まれ、神さびた自然の姿を今に残しています。
北方には布留川が流れ、周辺は古墳密集地帯として知られています。

当神宮は、日本最古の神社の一つで、
武門の棟梁たる物部氏の総氏神として古代信仰の中でも特に異彩を放ち、
健康長寿・病気平癒・除災招福・百事成就の守護神として信仰されてきました。
 
総称して石上大神(いそのかみのおおかみ)と仰がれる御祭神は、
第10代崇神天皇7年に現地、石上布留(ふる)の高庭(たかにわ)に祀られました。
古典には「石上神宮」「石上振神宮(いそのかみふるじんぐう)」
「石上坐布都御魂神社(いそのかみにますふつのみたまじんじゃ)」等と記され、
この他「石上社」「布留社」とも呼ばれていました。
 
平安時代後期、白河天皇は当神宮を殊に崇敬され、
現在の拝殿(国宝)は天皇が宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進されたものと伝えています。
 
中世に入ると、興福寺の荘園拡大・守護権力の強大化により、
布留川を挟み南北二郷からなる布留郷を中心とした氏人は、同寺とたびたび抗争しました。
戦国時代に至り、織田尾張勢の乱入により社頭は破却され、
壱千石と称した神領も没収され衰微していきました。
しかし、氏人たちの力強い信仰に支えられて明治を迎え、神祇の国家管理が行われるに伴い、
明治4年官幣大社に列し、同16年には神宮号復称が許されました。
 
当神宮にはかつては本殿がなく、拝殿後方の禁足地を御本地と称し、
その中央に主祭神が埋斎され、諸神は拝殿に配祀されていました。
明治7年菅政友(かんまさとも)大宮司により禁足地が発掘され、
御神体の出御を仰ぎ、大正2年御本殿が造営されました。
 
禁足地は現在も「布留社」と刻まれた剣先状石瑞垣で囲まれ、昔の佇まいを残しています。
 
(石上神宮公式HPより)