どうも、のあれ です。
先日Google地図をふと開いてみると、大阪市内に気になる神社を発見!
仕事終わりに立ち寄ってみたのが、こちら
*上記「高津宮」の文字クリックで神社HPに飛べます。
主祭神は仁徳天皇です。
以下、神社HPより
当宮は浪速の地を皇都(高津宮)と定められ大阪隆昌の基を築かれた
仁徳天皇を王神と仰ぐ神社であります。
仁徳天皇が高殿に昇られて人家の炊煙の乏しいのを見られて人民の窮乏を察し
直ちに諸税を止めて庶民を救済されました御仁政はあまねく国民の敬慕する処であります。
その御仁政を慕い平安期の初期清和天皇の貞観八年(866年)勅命(天皇の命令)によって
旧都の遺跡を探索して社地を定め社殿を築いてお祭りしたのを創始といたします。
以後世々皇室を始め時の幕府等の度々の御造営寄進を重ねて浪速津の守護神と仰がれ
御神威輝き渡ったのでありますが、その後700年を経た正親町天皇の天正十一年(1583年)
豊臣秀吉が大阪城の築城に際し比売古曽社の現在地に
御遷座(神社の御神体が移ること)になって今日に及んでおります。
仁徳天皇の徳政を敬い大正十年に制定された大阪市歌にも
「高津宮の昔より代々栄えをかさねきて民のかまどに立つけむりのにぎわいにまさる大阪市・・・」
と歌われています。
昭和二十年三月の第二次大戦の戦火を浴び神輿庫を一つ残して社殿ことごとく焼失しました。
昭和二十年三月の第二次大戦の戦火を浴び神輿庫を一つ残して社殿ことごとく焼失しました。
しかし戦後氏子を始め崇敬の厚い奉賛により
昭和三十六年十月社殿以下ことごとく復興完成を見ました。
なのだそうです。
戦後、そのまま取り壊されることなく、復興されたことが嬉しい限りです

実際行ってみると、え、こんなところに神社が?!というような、
住宅やビルがぎっしりの場所にドン!と構える鳥居
※鳥居、撮り損ねました(笑)

鳥居をくぐれば、景色が一変。こんな感じです
てくてく参道を進んで、振り返ってみるとこんな感じです
参道を歩いていくと左側に 北野 恒富 筆塚というのがありました。
北野 恒富(きたの つねとみ)とは、
明治から昭和前期にかけての浮世絵師、日本画家、版画家だそうですね
詳しくは
Wikipedia
ほうほう、、、無知な私にとって勉強になりました
左右から登っていって、出合うという訳ですな
なかなか面白い神社でした。


神社を出た途端、現代に戻ってきた感がすごいです(笑)
高津宮
〒542-0072 大阪府大阪市中央区高津1丁目1−29
ここまで読んでいただきありがとうございました
のあれ










