主語が「We」である事

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最近、いろんな部署で起きた問題を当事者として処理したり、

見聞きしたりして、感じた事です。

 

CC:Bradley Robert

 

それは、主語が We で無いことによって起こる問題が多い、という事です。

 

例えばですが営業組織あるあるで、営業の受注の仕方が雑で、

その後の部署が納品が超大変で死んでます。みたいなケースが分かりやすく、

これは結局営業が「私の仕事は終わった」「私の目標は達成した」という事を

考えていて、結局、主語が、I や My○○ なのです。

 

主語を We で考えると「我々の会社が顧客に提供する価値」を最大化できていない

のですから、雑な受注というのは自然になくなっていきます。

受注だけしてても「我々の」提供価値は最大化されていかないので。

 

2つ上の視点で考える、というのも似ていて、結局自分の部署の事だけ、

というのは主語が「I」で始まります。

 

For youとはまた違っていて、献身性の話ではなく、チーム全体として

どうするべきなのか?という話です。

 

マネージャーは、主語を「We」で持つ事を求められていると思います。

 

 

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・最高の活性化ははっきりした最終目標と寄与実感、優れた同僚である
・採用力がチームに流動化をもたらす。MGRこそ採用にコミットするべき

・事業のフェーズによって、必要な人材は当然に異なる
・率直に、そしてショートスパンでフィードバックを行う
・オープンに議論する

 

・最高の活性化ははっきりした最終目標と寄与実感、優れた同僚である
 

まずひとつ目。NETFLIXではモチベーションの源泉とははっきりした最終目標と

自分がその仕事に対して寄与している実感であり、それを優れた同僚と

成している時だ、としています。

 

その他の福利厚生などはあくまで付随的なものだとしています。

私もそのとおりだと思います(共感)

 

・採用力がチームに流動化をもたらす。MGRこそ採用にコミットするべき
 

採用についての哲学もかなり見るべきところがあるのですが、特に注目したいのは

採用力があるからこそ、チームに流動性を出せる」という点です。

 

これは本当にそのとおりで、いろんな本でチームメンバーを選べ、

合わない人を出せと書いてありますが、一番始めに実践者が言うことは、

「だけど、欠員してしまう。代替の人がいないと・・・」という事です。

 

ですが、これは逆なのです。

 

十分に採用力があれば、チームの流動化は怖くありません。

また、別の話ですが、フィットしていない人はチームにいないほうが

生産性は高くなります。

 

そうして、そのようなチーム作りをするためには、MGRは採用にコミット

「しなければならない」のです。私もそう思います(共感)

 

また、給与のオファーは低くても、高くてもだめで、現年収を見るのではなく、

自社の基準で査定しなおせと書いてあります。そう思います(共感)

 

安く済むなら安くオファーしようとするのも間違いで、

なぜなら、その年収に説明がつかないからです。

これは採用後のマネジメントに問題を起こします。

 

・事業のフェーズによって、必要な人材は当然に異なる
 

採用やチームビルドについてはこの考え方に基づいています。

 

例えば、100人のチームと300人のチームではMGRの仕事は当然変わります。

ですので、いる人の成長に期待するのではなく、その能力を備えた人を

改めて採用せよ、としています。

 

拡大する組織において、すべての人が「繰り上がる」わけでは無いというのは

とても重要で、これを遺伝子として持っているというのは良い事だと思います。

 

・率直に、そしてショートスパンでフィードバックを行う
・オープンに議論する

 

長くなったので、1こだけ。

オープンに、率直にフィードバックせよ、としているのですが、

その中でも特に「人事考課のときに初めて言うな、もっとショートスパンでFBせよ」

としています。そのとおりと思います(共感)。

 

実際、1on1は「ミニ査定」とも呼べるべきものと私は捉えていて、

1on1がワークしていれば人事考課はいらないとすら、私も思います。

(1on1がうまくいっていたら査定の認識のズレが無いので人事考課は

 単なる確認作業になる)。

 

良い本でした。

 

参考:『チームビルドの技術』

https://www.slideshare.net/TakahiroOgoshi/fix-86847167

 

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三木谷曲線を逆に考える

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会社の週報に書いた内容ですが、

公開しても問題無いのでブログにも投稿します。

 

1年の終わりですので私がプロダクトマネジメント、組織マネジメント
をする時に大切にしている事を書きます。

皆さんは『三木谷曲線』をご存知でしょうか?

 



最後の最後、0.5%の頑張りが大きな結果の差を生む、という考え方です。
https://potentialize.jp/mikitani_curve/

これは結構真理をついていると思っていて、プロダクトに言い換えると
「抜群の品質を目指す場合、最後の最後の踏ん張りにすごく時間も努力も
 投資しないとならない」となります。

実際、「完璧」を目指すと工数も時間もすごくかかります。

では、これを逆に考えるとどうでしょうか?
「完璧を目指さなければ、工数も時間も劇的に減る」となります。

組織を疲弊させるリーダーは往々にして、
全ての事に最高品質を目指します。
数字を分解して施策を並べるタイプのリーダーは特に危ないです。

ですが、本当にそれらは過剰品質と言えないものでしょうか?

私がマネジメントする時には、この境目をとても大切にしています。
何は完璧でなければいけなくて、何に手を抜いても良いのか。

手を抜いても良いところの品質を「並み」とか「凡庸」に留めると、
劇的に仕事が減って、集中するべきところに集中できるようになります。

特に、がんばりやさんなリーダーは、一度考える事をおすすめします。
(スーパー偏見ですが、長男長女にそういう人が多い気がします)

あなたは過剰品質を求めて、余計な工数をメンバーに使わせていませんか?