GG佐藤でござる。のブログ
人はわらしべ長者だけでどこまで生きていけるのか?

そんな素朴な疑問の解決を目指す現代に生きる忍者、GG佐藤が忍者として日本を忍びチャリで横断するでござるよ。

忍々。
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神奈川に凱旋帰国でござる♪忍♪♪


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長いけど最後まで読んでほしいでござる...




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拙者が風の谷のあの人を探す旅に出てからおよそ20日の月日が経った。

21歳の夏、青空のもと神奈川のとあるマンションの駐輪場の片隅からその旅は始まったでござる。


あの頃はペダルをこぐことに夢中になり、必死で県境の険しい山々を越えることだけを目指した。

そして、ひたすら西へと続くバイパスを楽しんだ。

自転車は常に傍らにあった。


この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかったでござる。

大阪の梅田新道から兵庫、岡山、広島、山口、そして下関の関門海峡へ。

その後、自分の人生観の大半を変えた九州へ渡った。


ユニセフの募金活動では100人以上の方々が協力して下さり、日本中のあらゆる場所でたくさんの人と出会った。


自転車はどんなときも俺の心の中心にあった。

自転車は本当に多くのものを授けてくれた。

喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。


もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。

それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、“糧”となり、自分を成長させてくれた。


半年ほど前からこの旅を最後に、約20年間過ごした天上天下優我独尊男 "I am only one." のスタイルから脱却しようと決めていた。


何か特別な出来事があったからではない。

その理由もひとつではない。

今言えることは、青年期という旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。

そう思ったからだった。


東京は日本で最大の繁華街。

それだけに、多くの若者がいて、また多くのサラリーマンがいる。

ボランティアを志す者は多くの期待や注目を集め、そして社会貢献の為の責任を負う。


時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び、時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。


大学生になって以来、「自分以外の人間、好きですか?」と問われても、「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。

思いやりをもって生きることの尊さに、大きな感動を覚えながらも、子供のころに父親に買ってもらった初めてのマウンテンバイクに対する瑞々しい感情は失われていった。


けれど、バックパッカーとして最後の募金活動になった9月12日の沖縄県那覇市・国際通りの後、人間を愛して止まない自分が確かにいることが分かった。

自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。


それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきた世界平和への思い。

厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。


これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為、ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。

しかし最後の最後、拙者の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出したでござる。


後片付けを済ました後、手のひらに乗せた募金箱の重さの感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後に募金協力者の署名とともに綴られた、たくさんの応援のメッセージを読んだ時、もう一度その感情が噴き上がってきた。


そして、思った。


どこの県のどんな町でも俺の近くにやってきて、声をかけて全身全霊で応援してくれた地方の人々――。

日本各県のどの町にいても聞こえてきた「ハットリくん」の声援――。

本当にみんながいたからこそ、1000キロ以上にも及ぶ長い旅を続けてこられたんでござる、と…。


人生という旅のなかでも沖縄は、俺にとって特別な場所だった。


最後となる国際通りでの募金活動では、島人たち、観光客、そして同世代のみんなに、「拙者は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えて忍者の格好をしてきた。


拙者は今日(こんにち)、日本国民の可能性はかなり大きいものと感じていた。


今の日本国民個人の礼儀作法のレベルは本当に高く、その上「思いやり」もある。

ただひとつ残念なのは、自分たちの「本音」を100%出す術を知らないこと。



それにどうにか気づいてもらおうと拙者なりに20日間やってきた。

時には褒め讃え、時には冗談を言い、時には相手を怒らせてしまったこともあった。

だが、若い女性たちには最後まで上手に伝えることは出来なかった。



「もう一つの就職活動」がこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

俺がこれまでメールと電話を通じて彼女に何を見せられたのか、何を感じさせられたのか、この旅の最中にいろいろと考えた。

正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…

ちょっと自信がなかった。


けれどみんなからのコメントをすべて読んで、俺が伝えたかった何か、自分自身に必要だと思った何か、それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。

それが分かった今、21歳になってからの俺の“姿勢”は、間違っていなかったと自信を持って言える。


何も伝えられないまま愛する女性から離れる、というのは、とても辛いことだと感じていた。

しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が、きっと次の彼女、そして俺の将来を支えてくれると信じている。


だから先月、俺は、安心して旅立つことができた。


最後にこれだけは伝えたい。


これまで抱き続けてきた“誇り”は、これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。

でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ、守ることが出来たものだと思う。


みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。


そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと、乗り越えていけると信じられる。


新しい旅はこれから始まる。


今後、忍者として繁華街に立つことはない(?)けれど、ペダルこぐことをやめることは絶対にないだろう。


旅先の路地で、草むらで、ジョナサンの前で、誰かと言葉を交わす代わりに
ピストバイクを乗り回すだろう。

子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。










自転車は車やバイクと違って、ただ座っているだけでは絶対に動いてくれない。

ペダルを動かすという人間の意志がなければ。

However...

それさえあれば、たとえガソリンがなくても、彼は何処までも俺たちを遠くへ連れっていってくれる。

免許証なんて必要ない。

必ず目的地にたどり着くという断固たる決意。

それが大切なんだ。










結局、風の谷のあの人はどこにもいなかった。

彼女は俺の心の中にいた。




文明を知った人間が
自然と互いに助け合いながら
共に生きる




この精神は俺の心にもちゃんとあった。

これだけは胸を張って言える。










この旅で感じたことは地図のようには測り知れない。

ただ一つ言えること。

それは、道は続いているということ。




かつて、一人の侍がこんなことを言っていた...




















『確かな一歩の積み重ねでしか、遠くへは行けない』
イチロー




















途中で自転車を投げ捨てることで"消極的な解放感"を選択することもできたが、最後までペダルをこぎ続けて本当に良かっと思っている。




















『天に星、地に花、人に愛』
G太郎




















"積極的な解放感"に満ち溢れた今、道中でお世話になった人々に手紙を書こう。








































例えば誰か一人の命と

引き換えに世界を救えるとして

僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ


桜井和寿




















小さい頃に身振り手振りを真似てみせた憧れになろうだなんて大それた気持ちはないけれど、こんな俺でも少しは人のために何かを成し遂げることができたような気がする。

ラジオの発信機のような人間になることが今回の旅での目標だったけど、これからはもはやラジオという枠を超えて、テレビと同じくらい影響力のある人間になりたい。

目標は高く!!

海のような広い心で...








































「ありがとう」が

上手く言えずに泣いてたあの日から

数えきれない出会いの中で

僕が手にしたもの My Treasure...


清水翔太










いつもなら照れくさくて言えないけど、今だけは上手く言えそうな気がする...




旅先で募金に協力してくれた日本各地の人々、関わってきてくれたすべての人々、そして最後まで信じ走り続けてくれた自転車、最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。







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“ありがとう”












We are all one.

忍たまG太郎








































こうして、拙者は「ヒト」から「人」に生まれ変わった。






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沖縄の空の下で…忍♪忍♪

昨日は国際通りで雑貨屋さんに混じって屋台という形で募金活動をしてみたでござる。


道端にチャリんこ置いて、遠足用のシート敷いて、「デジカメで旅の思い出全部見せるでござる!!」という看板つくって、全身忍者でひたすらアピールしたでござる。


最初は全然相手にされず、ギャルたちからはお金ではなく殺気立った冷ややかな視線ばかりが寄付された。


沖縄は夜でも暑いでござるよあせあせ(飛び散る汗)


何度も心が折れそうになった。

それでも拙者はあきらめませんでした。


上半身裸になってTシャツ焼けをアピールした。


すると...


ピースボードで世界を旅してきた団体のうちの何人かが、拙者の野心に共感を持ち、募金に協力してくれたでござるよ。




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そこから連鎖反応が起こり、気がつくと拙者の周りにはたくさんの人たちが集まっていたでござる。



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雑貨屋さんたちが屋台をたたんだ後も活動を続けていて本当によかった。



セルフィッシュな天上天下優我独尊男から、少しは他者に何かを伝えられるラジオの発信機のような人間に近づくことができたような気がする。


However...


それでも拙者は、この旅で自分が他者に伝えてきたことの何倍も多くのメッセージを、道ゆく先の人々に伝えられた。



それは募金していただいた各地方のたくさんの人々の署名と共に俺のノートに綴られた応援の声を見れば自ずとうなずけることだ。



かつて、俺の尊敬する、青山学院大学史上最強の天才ダンサーが、自身のブログでこんなことを言っていた...











『発信機である前に、俺は受信機であることをわすれない。』
スピヤマン・ウィリアム











今まで自分を支えてくれた全ての人々の「やさしさ」を、拙者はどんなときも絶対にわすれない。



今日はノートに「ありがとう」を二十回書くでござる。



We are all one.

忍たまG太郎




















今からクラブで泡盛飲みまくりますexclamation ×2



ペタしてね ペタしてね ペタしてね

沖縄で♪忍♪忍♪

沖縄サイコーうれしい顔ぴかぴか(新しい)


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昨日の19時に着いたんだけど、そうきそば食い過ぎてマックで寝ちゃったでござる眠い(睡眠)



気付いたら朝の8時になってて、寝ぼけていた拙者は隣りにいたJKをひたすら見つめていた...










JK「友達だっけexclamation & question










G太郎「神奈川から自転車でやって来た忍者系男子でござるよ電球










これが大ウケして結構会話がはずんだ♪



写真で俺の隣りの子、実物マジ可愛いでござる目がハートぴかぴか(新しい)


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G太郎「彼氏とかいるんでござるかーexclamation & question










JK「カレシってなにexclamation & question










標準語が伝わらないあせあせ(飛び散る汗)










G太郎「愛を寄せている男とかいるんでござるかーexclamation & question










JK「あぁ電球イキガ(彼氏)ならおるよ」



佐藤「そうなんだ。彼女って何て言うんでござるかーexclamation & question



JK「イナグハート





ここからJKと2対1の沖縄弁講座が始まる。



講座が終わり、JKたちと別れを交わした後、一人で海の中をひたすら泳いだでござる



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今国際通りで可愛い子探しているでござるよ♪



南の島でつかの間のバカンスを楽しみつつも、夜は全身忍者で募金活動にいそしみますexclamation ×2



募金に協力してくれた人の数が100を越えました電球



今日もノートに「ありがとう」を十回書くでござる。



We are all one.

忍たまG太郎




















アメブロのみなさん、最近では草食系男子が流行っているみたいでござるが、忍者系男子はいかがでござるか?

忍者系男子・忍たまG太郎、只今イナグ募集中exclamation ×2



ペタしてね ペタしてね ペタしてね
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