一年半ぷりに更新します。
生きてます。



いま、最後に更新した自分の記事を読み返したら、

あれ、この人、明日あたり死ぬんじゃね??



ともとれるような雰囲気あり。

危うかったんだろう。
それは私が一番わかってる。




危うくて危うくて、







親しい人たちは慌てた。。。


焦った、覚悟した、

って、後で聞いた。




そんな、私の話はどうでもよくて。






久々にここに気持ちを綴りたいわけで。


慌てて、東京へいく段取りをした。


飛行機もホテルも速攻手配した。



東京で共に活動していた先輩が6月に亡くなり、



お別れの会、告別式は未定とされていた。


8月13日、
お盆休み中、


翌日の8月14日と15日に、お別れの会、告別式があるとの知らせ。



言い訳をするつもりはないし、



私はとにかくすぐ飛びたかった。
絶対にいくつもりでいたから。
それなのに。

物理的理由でいけなかった。


台風の影響で帰って来れなくて職場に迷惑をかけることも覚悟した。でも
なにせ、飛行機が、とれない。


いや、今思うとその理由はヘタレの言うことだな。


夜行バスで11時間かけていけたかも知れないし、



遠回りしてでも新幹線にのるという手もあったのに。

自分が情けない。  


そういうとこだよな。






社長のブログに辿り着いて、
お別れの会の様子をYouTubeでみることができた。

明るい、先輩らしい会だったようだ。

先輩も、寂しい会はいやだっただろうし、

彼の死の意味をもし見いだすのであれば、そこには、たくさんの仲間たちが集まって、お酒を飲み交わして、棺の前に、彼が出演した作品が上映されているスクリーンがあって。







翌日の告別式の様子も、社長のblogの文面でうかがい知ることができたが、こればかりは本当に、

悔やまれる、という言葉がぴったりすぎる。

そこにいれなかったことが、本当に悔しい。







すぐに香典の準備をして、
事務所に、送り先を確認して郵便書留を送った。

10月、追悼公演がある。






誰がなんと言おうが絶対に観にいく。







その作品の初演は私も出演した。
その先輩と一緒に。







思い出の作品というには、言葉があまりにも足りない。
そう、言葉が足らず、なのか。
そろそろ日本語にも自信がなくなってきた。









涙は出そうだが出ない。

彼の死がいろんな仲間や思い出を甦らせてくれて、胸が一杯になる。


私を東京へ連れていってくれるのだ。










私はきっといろんな空気や人に触発されて、また鳥取に戻ってくると思う。けど、







人生何があるかわからない。






それは、そうなってからではないとわからない。



私も、残りの人生を、ただただ誰かや何かの為に尽くしたい。今はそれだけだ。