やりたいことがあって、45歳にして、人生二度目の上京をして一週間。
東京での生活が始まった。
始めてしまった。
何が何だかわからないぐらい忙しい。
イヤな忙しさではない。充実していて心地よい。意味がわからないぐらいトントンだ。怖い。
住み始めたアパートの立地にはとりあえず満足していて、
でも部屋の中にはまだいくつかの段ボールがあって、
それでも、都心の喧騒や、駅や電車の中での人込みに疲れて帰ってくると、この部屋は癒しである。
住む部屋の中が快適になるように気をつけながら、頭を使いながら片づけている。慎重に。
新しい仕事が始まってバタバタの日々に追われる毎日が来る前に、この、モノに溢れ返った居心地のいい部屋を、
あと、ベッドや、恐らく本棚でも買って、収納して、もっと歩けるスペースを作って、いや、思い切ってモノを捨てるという選択肢は大いにあるのだが、それはすごく苦手なので、モノに囲まれている幸せというものがあるという発想の転換をすることにしたら、自己肯定感が高まった。
更に快適な癒し空間が創れるよう、慌てず、焦らず。
アパート借りたはいいけど、ただ寝たり着替えたりお風呂に入ったりしに帰って来るこの狭い空間によって病んでしまっては損だ。
損というか、なんだ。
何してるん??になる。何のため?みたいな。
とにかく精神衛生上よろしい環境にすることが今の課題だ。
基本だけど、一回出したものは定位置にいちいち戻すようにすることとしよう(笑)
10年間、車社会の鳥取で過ごしたことが、もうすでに幻想のようだ。
あんなものは今思えば、ほぼ、ドアトゥードアだった。
さほど遠くない職場までいっちょ前に車通勤し、
かさばった荷物は助手席に置けばいい。
快適すぎた。楽だった。
そして、今後はペーパードライバーまっしぐら、免許証は証明書状態である。
あ、忘れないうちに書いとくけど、東京は鳥取に比べると乾燥しているように感じる。
加湿空気清浄機の水が、一晩でなくなってしまって、毎朝焦りながら水を足しいる。毎朝。
そして、東京に来て一週間で少し目尻の皺が増えて老け見えしているのは気のせいだろうか?
ま、それはいいとして(年齢に抗うか、年相応の自分を磨くか、悩ましい(笑))
まず、10年前に比べて、人が増えたような気がする。そう感じるだけかも知れないが、とにかく駅前のスーパーはどんな時間帯であろうと戦争、レジの取り合いである。信じられない。
そのスーパーは自宅から徒歩5分なのでもちろんポイントカードを作ったのだが、
レジに到着してからポイントカードを探していると、店員さんや後ろで待っているお客さんの視線が痛いので、なんならスーパーに入る前にカードをポケットにスタンバイしているのである。
毎分、戦いである。
ちなみに今日は、会計機で私が小銭をジャラジャラ探しながら入れているとき、後ろのファミリーにかなりの無言の圧をかけられた、と感じざるを得ない。
すんませんでした。
その説は。
だいたい、都会では歩くので、リュックで移動しようという算段が間違っていたのかも知れない。
電車の中では、リュックは体の前、だ。多くが。
で、そのリュックを背負ったり抱えたりしながら、スマホで地図やら乗り換えやらを確認しているとき、水が欲しくなって、キヨスクで現金支払いしようと思ったとき、リュックから財布出すの、とりあえず諦めたもんね。
手にしていたスマホのスイカで支払ったらちょちょいのちょいだ。
電子マネーって、マジ便利だよな。
で、昨日なんかは雨だったので傘も持ったりする。
出先で突然の雨だったので仕方なくコンビニでビニール傘を購入したのだが、
そのあと電車に乗ったとき、
あれ、なんでこんなにしんどいんだろう?って思った。
リュックは体の前、手にスマホ、終電間際の混んだ井の頭線。傘は周りの人に当たったり水滴がかかったりしないようにして。
電車から降りたら帰りにコンビニで、リュックから財布とエコバック出して。。。そのついでに、帰宅時にすぐ家の鍵を出せるようにして。
まあいい。
私の少ない経験上、「慣れ」というものの威力はすごいから、その「慣れ」に期待!
そんで、今日は帰宅してから、リュックの中から荷物を取り出して、ショルダーバッグに入れ替えた。
そう、リュックは卒業します。
明日から、肩から斜めがけにして、全ての動作を簡素化したらどうなるか、やってみよう。
そしてそのうち、そのショルダーバッグがへたれてきた頃、
新しい、今よりちょっと大きめのショルダーバッグを購入している、かも知れない。
日付変わってましたおやすみなさい。
ワカコ。