本当にいいとか悪いとかでなく
そこにあるのはただの解釈にすぎなくて
たとえば、小説が映画化されるとき
ほとんどの映画は原作に劣り、映像になることで
活字によって飽和されていたノスタルジーや物語の良さが
欠落し、残りカスのようなものに成り下がるわけですが
しかしそれもわたしの解釈に過ぎず
私の憶測や勝手で主人公の容姿や声や情景を
頭でつくりあげてしまい、それが映像になることで
自分が作り上げてきたものとの間に乖離が生じ
耐え難いものがあった。ということでしょうかね。
要は、私向きではなかった。
それ以上でもそれ以下でもありません。
だから、人々は自問自答して
勝手と憶測、希望的観測のもとで
関係性を構築してきているような気がします。
平たく言えば、単なる思い込みですね。
あまりにも自分の中の自己重要性が大きすぎて
視野が狭くなってましたが
もしかしたら、人生の時間配分が違ったり
思考する順序が違うだけなのかなあ
その人その人のペースがあるのかなあ とか。