
(All photo by Nikon D300 + Tokina AT-X165)
14回目の今日。
怒り、悩み、苦しみ、泣き、喜び、笑う。
生きている実感をかみしめながら
消え去りし6473の命の灯火に
ただ静かに祈りを捧げよう。

人々がまだ眠る頃
突然の大地の怒りに
なすすべもなく
ただ運命に身を任せるのみ。
人も人が築いた文明も
ただその無力さを思い知る。
残された者は失われし者を想い
嘆き、悲しみ、憤り、涙も声も枯れるほど
それでも、そんな感情を持ち得ることに
「生」を実感する。
瓦礫の山に立ち尽くし、
拾い上げた、過去の欠片
昨日の面影すら、もう思い出せなくて
振り返ることも許されず
今を生きるため、前へ進む。
錆び付いた、あの日の記憶
変わりゆく街。
時を刻み続けることを許されて
怠惰に暮らす、自分がいた。
この街に光が戻り
あの日を知らない子供たち。
人は強く儚いもの
誰かを憎み、誰かをだまし、何かを盗み、生にしがみつく。
誰かを愛し、誰かを助け、何かを築き、生を育む。
何もかも剥きだしにされて、人の本当の優しさ、醜さを知った。
それが全部、「人」というものだから。
あの日を生きた者として
時を刻むことを許された者として
その全てを永久に語ろう。

あの日、去りし君へ
神戸はこんなに温かく光満ち溢れているよ。
瓦礫の山も、灰色の空も見えなくて
君の分まで泣いて、笑って、怒って、癒して
精いっぱい命の限り
許された時を刻み続けよう。
1995年1月17日 午前5時46分52秒
阪神大震災が発生しました。
もう今年で14年目となり、人々の記憶は薄れ
中学生以下は実際に体験していません。
4万人以上が傷を負い、25万もの住宅が崩壊し
30万人が避難した未曽有の災害も
今では過去の出来事となっています。
忘れ得ぬ記憶ではありますが
実際に、瓦礫の山を乗り越えて登校していた僕でさえ思い返すことが
少なくなってきました。
配給の堅いおにぎり、3カ月の断水、アスベストと粉じんの舞う街
壊れた家の匂い、あの地獄の光景と日々も
過去の1ページに収めてしまう事は、ある意味人間の強さでもあります。
極限状態で人は様々な感情をむき出しにします。
火事場泥棒や、コンビニなどへの不法侵入、
地区で一軒だけ倒壊を免れた家への嫌がらせ、
パンを1個1万円で販売などなど、暴徒と化した人達も少なからずいました。
それを目の当たりにして、人のエゴや生への執着の凄まじさを感じ。
反面、見返りを求めない優しさ、命がけで働いた自衛隊、
家族を守るために自ら犠牲になった僕の先生の話を聞けば人の優しさを感じる。
まさに究極の二面性を同時に体感することとなりました。
こうしてブログという形で、僕なりの気持を伝えていくことの中で
出来る限り、知らない人へ、そして未来への教訓として
語り続けていきたいと思います。
緊急用の持ち出し袋、備蓄食料、寝室にはスリッパ、
寝る場所に重たい倒れやすいものを置かない。
これだけでも生存確率は格段に上がります。
備えあれば憂いなし。みなさん今日という日に是非一度見直してみてくださいね。
家族と皆さん自身のためにも。
これは僕と、あの日逝ってしまった僕の友達からのお願いです。
なんだか支離滅裂ですみません (。・x・)ゝ
ではではみなさん良い週末を!
























































