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→ road







久々に旦那とふたりで街へ出た。


日差しがあたたかい 晴れた日曜の昼下がり。
わざとらしいほど青く澄んだ空、街中にあたたかく降り注ぐ陽の光。
ふたり並んで歩く姿は、傍からみれば しあわせな夫婦に映るんだろうか。


その出来すぎた光景に、胸が痛くて、隠すように横を向いて歩いた。




目に入る、Happy Weddingの文字。
小洒落たお店の入り口に、たくさんの写真と共に飾られたウェディングボード。大きなガラスから中を見ると、純白のドレスに誓いをのせて微笑む花嫁さんがいた。
その顔は晴れやかで一点の曇りもなく、しあわせを絵に描いたようなふたり。


明るい光の下でキラキラ笑う”正義”がまぶしくて、あたしはこっそり視線を逸らした。



ぜんぶ奪ってるんだ。
友達に紹介する照れくささも、おめでとうと言われる喜びも。
あたしが、ぜんぶ奪ってる。


「別にそんなのいらない」カズはそう言うかもしれないけど。







ふと気になって反対側の歩道に目をやると―――   



カズがいた。



行き交う車道を挟んで、それでも確実にこっちを見ているとわかる。
互いの視線がぶつかって、その時間は何十秒とあったかそれとも一瞬だったのか。


ふいに逸らされた。
まるで見えてなどいないかのように無表情で、一度も振り向くことはないまま歩いて行った。




「どうかした?」
「な、んでもない」
立ち止まるあたしに声がかかるけど、そう答えるのが精一杯で。




見慣れた路地も、初めて歩く道も。
移りゆく風景と共に、ここまできた。


ねぇ、あたしは今までどうやって歩いていたのかな。


あたたかい日差しが降り注ぐ街のその中に、溶け込む自分を遠くから見た。
振られる話題に笑顔で相槌を打ち、車に乗り込み家路に着く。




あたしは いま、どうして動いていられるんだろう。






その日の夜は、携帯を握り締めながら寝た。
3日経っても、1週間経っても、カズからの連絡はなかった。
今日で半月。


思えば、あたしから会う約束をしたことってあったかな。
カズのLINEはいつもそっけなくて、全然マメじゃないけれど。寂しくないように、"ここにいるよ"と言うように、短い文を送ってくれた。


どれだけ甘えていたんだろう。
どれだけ傷つけていたんだろう。


いつか夢は覚める、と現実主義を決めこんでいた。
あたしは、なんにも わかってなんていなかった。




カズに出会って、怖いくらいに夢中になって。どんなに隠しても溢れる思いはとめられなかった。
はじめから、叶わぬ恋だとわかっていても。


それでも、想うことをとめられなかった。





終わりなんて、ドラマチックにはいかなくて、こんなふうに突然やってくるんだ。



愛していたよ。
一度くらい、言葉にしてみたらよかったかな。



あたしがカズにしてあげられる最初で最後のこと。







つないだ手を離すよ。












ときは痛みを鈍くする。
今、張り裂けんばかりのこの思いも。
いつかは涙が枯れる日がきて、思い出さない日がやってくるんだろう。
何度だって、桜は咲き、夏草は煙り、落ち葉を鳴らし、外灯に照る雪を見るんだろう。




けれど。



カズを思う気持ちのように、誰かを愛することは、もうない。決して。



あの、ギターとゲームとマンガの部屋で、あたしを思い出すことはあるかな。
一度くらいは、涙を浮かべてくれるだろうか。




どこかの街で、どうか、どうか、カズがしあわせに過ごす日々を。
ひとりで、背中を丸めることがないように。
ひとりで、寝込むことがないように。
朝の光が窓から射したら、ぴょこんと寝ぐせに 口をとがらせて。目を擦りながら、「おはよぉ」と、言える誰かと。




どうか、あなたがしあわせでありますように ――――   




願いを込めて、LINEの「カズ」の上を左へスライドさせタップした。







淡い色に浮き足だつ季節、離婚届に判を押し家を出た。



扉を開けると、やわらかく香る陽はあたたかく、そよ風が背中を優しくおした。
アスファルトの隙間に黄色い雑草花が揺れる。


新芽息吹く 春の中に、一歩を踏み出した。












The next time last