_ new game
→ road
久々に旦那とふたりで街へ出た。
日差しがあたたかい 晴れた日曜の昼下がり。
わざとらしいほど青く澄んだ空、街中にあたたかく降り注ぐ陽の光。
ふたり並んで歩く姿は、傍からみれば しあわせな夫婦に映るんだろうか。
その出来すぎた光景に、胸が痛くて、隠すように横を向いて歩いた。
目に入る、Happy Weddingの文字。
小洒落たお店の入り口に、たくさんの写真と共に飾られたウェディングボード。大きなガラスから中を見ると、純白のドレスに誓いをのせて微笑む花嫁さんがいた。
その顔は晴れやかで一点の曇りもなく、しあわせを絵に描いたようなふたり。
明るい光の下でキラキラ笑う”正義”がまぶしくて、あたしはこっそり視線を逸らした。
ぜんぶ奪ってるんだ。
友達に紹介する照れくささも、おめでとうと言われる喜びも。
あたしが、ぜんぶ奪ってる。
「別にそんなのいらない」カズはそう言うかもしれないけど。
*
ふと気になって反対側の歩道に目をやると―――
カズがいた。
行き交う車道を挟んで、それでも確実にこっちを見ているとわかる。
互いの視線がぶつかって、その時間は何十秒とあったかそれとも一瞬だったのか。
ふいに逸らされた。
まるで見えてなどいないかのように無表情で、一度も振り向くことはないまま歩いて行った。
「どうかした?」
「な、んでもない」
立ち止まるあたしに声がかかるけど、そう答えるのが精一杯で。
見慣れた路地も、初めて歩く道も。
移りゆく風景と共に、ここまできた。
ねぇ、あたしは今までどうやって歩いていたのかな。
あたたかい日差しが降り注ぐ街のその中に、溶け込む自分を遠くから見た。
振られる話題に笑顔で相槌を打ち、車に乗り込み家路に着く。
あたしは いま、どうして動いていられるんだろう。
*
その日の夜は、携帯を握り締めながら寝た。
3日経っても、1週間経っても、カズからの連絡はなかった。
今日で半月。
思えば、あたしから会う約束をしたことってあったかな。
カズのLINEはいつもそっけなくて、全然マメじゃないけれど。寂しくないように、"ここにいるよ"と言うように、短い文を送ってくれた。
どれだけ甘えていたんだろう。
どれだけ傷つけていたんだろう。
いつか夢は覚める、と現実主義を決めこんでいた。
あたしは、なんにも わかってなんていなかった。
カズに出会って、怖いくらいに夢中になって。どんなに隠しても溢れる思いはとめられなかった。
はじめから、叶わぬ恋だとわかっていても。
それでも、想うことをとめられなかった。
終わりなんて、ドラマチックにはいかなくて、こんなふうに突然やってくるんだ。
愛していたよ。
一度くらい、言葉にしてみたらよかったかな。
あたしがカズにしてあげられる最初で最後のこと。
つないだ手を離すよ。
ときは痛みを鈍くする。
今、張り裂けんばかりのこの思いも。
いつかは涙が枯れる日がきて、思い出さない日がやってくるんだろう。
何度だって、桜は咲き、夏草は煙り、落ち葉を鳴らし、外灯に照る雪を見るんだろう。
けれど。
カズを思う気持ちのように、誰かを愛することは、もうない。決して。
あの、ギターとゲームとマンガの部屋で、あたしを思い出すことはあるかな。
一度くらいは、涙を浮かべてくれるだろうか。
どこかの街で、どうか、どうか、カズがしあわせに過ごす日々を。
ひとりで、背中を丸めることがないように。
ひとりで、寝込むことがないように。
朝の光が窓から射したら、ぴょこんと寝ぐせに 口をとがらせて。目を擦りながら、「おはよぉ」と、言える誰かと。
どうか、あなたがしあわせでありますように ――――
願いを込めて、LINEの「カズ」の上を左へスライドさせタップした。
*
淡い色に浮き足だつ季節、離婚届に判を押し家を出た。
扉を開けると、やわらかく香る陽はあたたかく、そよ風が背中を優しくおした。
アスファルトの隙間に黄色い雑草花が揺れる。
新芽息吹く 春の中に、一歩を踏み出した。
The next time last