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朝。
昨日の筋肉痛がガンガンに響いて目が覚めた。
自転車の街までの往復と、門扉を越える担ぎ上げ作業はキツかったようだ。
『ってて…』
シャツに手を通す俺は顔を歪める。

朝日がさす部屋の窓に近づいて桜の青い葉を見上げ、昨日、ニノとしたキスを思い出していた。

柔らかな薄い唇が触れてドキドキした。
抱き寄せた腰が薄くて細くて、思ってたより小さい気がして、余計にドキドキしたんだ。

俺ははぁ…って深い息を吐き出して両手で顔を覆った。
『好き過ぎてキッツいなぁ…』
独り言は重くフローリングに沈んだ。

パンッと頰を叩いて臙脂色のネクタイを結んだ。
飯食って学校!!
ニノが戻るまで…俺は普通に過ごす事しか出来ない。
気持ちを切り替えて部屋を出た。
寮長室の前を通り掛かった時、部屋からタイミングバッチリに寮長が出てきて、一瞬にして冷や汗をかく。
点呼の時…俺、部屋に居なかったから、何か言われちゃうよな!
「おはよう、相葉」
『おはよう御座います!!』
ペコッと身体を折り曲げる。
「おまえ昨日良く寝てたなぁ〜」
『…へ?あっはっはい!…』
「どしたぁ?変な顔してぇ〜」
フニャリと笑う寮長に、ひきつりながら、手を顔の前でブンブン振って見せた。
『なっ何でもないです!!ないです!』
「そっかぁ?じゃあな」
寮長は食堂とは逆に歩いて行った。
俺はそんな寮長の背中を怯えながら見送る。

寝てた事になってる…まさか…

食堂に入ると翔ちゃんと潤くんが隣り合わせでサンドイッチを食べてるのが見えた。 
俺は配膳カウンターから朝ご飯をトレーに乗せて、2人の向かいに座った。

『おはよ!』
「おはよう」
「おはよう、まーくん」
『あ、あのさ!昨日ありがとうね!そんでさ!』
翔ちゃんは前のめりになる俺をニヤッと笑いながら親指に付いたマヨネーズをペロッと舐めて上目遣いに俺を見た。
「寮長に会ったか?」

俺は前のめりだった身体を丸椅子に戻して肩を竦めた。
『やっぱり翔ちゃんか…どうやって』
「潤が潜ってた。布団にな。」
『俺の?』
「そ、僕がまーくんの振りしてグーグーやってあげたの。翔くんは僕らの部屋で、片方のベッドにクッション詰めて膨らませて、点呼には翔くんが答えてくれたから大丈夫だったよ。ちょっとドキドキしたけどねぇ」
潤くんはフフッと笑いながら翔ちゃんと目を合わす。
翔ちゃんは潤くんの頭を撫でて
「潤の迫真のイビキ演技大成功だったよな」
ククッと笑う翔ちゃん。
『ありがとう〜助かったよぉ。だけど俺、イビキかかないよ!』
2人は俺の言葉に目を合わせて爆笑し合った。
『もぉ〜…でも、ありがと。』
俺がちょっと真面目にお礼を言うと2人はピタっと笑うのを止めて、拳を突き出した。
俺は順にコン、コンと拳を当てた。

沢山迷惑かけてるなぁ…
あんな風に飛び出して…2人には感謝しなきゃ…。

騒めく食堂の一角で、俺は心がほんのり温まるのを感じていた。