75歳で認知症と診断され、医療保護入院→老健→入院を経て、77歳で母が亡くなりました。それまでの経緯とこれからの事を記録していけたらと思っています。
母が大腿骨骨折で入院したちょうどその頃、人気ブロガーさんの記事で〝エンジェルタイム〟という存在を知りました。
亡くなる前にとても素敵な笑顔でご家族にお会い出来たという話で…
その記事が頭に残っていたからか、私も入院中の母の顔がとってもスッキリとまるで憑き物が落ちたかの様に(双子、もしくは分身が居なくなったのかな?)見えた時があったんです。
分身の記事はコチラ↓
その日は、母の兄から我が家に贈られてきた郷土の特産のゼリーを母にもお裾分けし(入院中だから本当は担当医に確認が必要と分かっていたけど、そっと食べさせました 整形外科だし)いつもネガティブな母も
『今回の入院は色々と本当に勉強になったし、ここはパン食も出るのが嬉しいのよ』と言っていました。
(施設のご飯も美味しい美味しいと言ってはいましたが、パン食はなかなか無いので)
『そうなんだね。手術とか大変だったけど、頑張って良かったね』
『そうね。息子夫婦とも久しぶりに話せたしね』
(兄夫婦はとても遠方にいるため、施設の平日のみの面会にはなかなか来られずにいましたが、病院では面会が毎日可能だったので週末にオンラインで合わせてみました)
『今週末は〇〇ちゃんも連れてくるね』
(〇〇ちゃんは母にとっての孫)
『本当に?!すごく嬉しいわぁ』
(実際に入院中に孫とも久しぶりに会う事ができ、本当に喜んでいました)
『ところでどんな事が勉強になったの?』
『そりゃあ、人間関係とか色々だけどね、お隣の人はね、手術したけどなかなか歩けなくてね。』
『本当?それは大変だねぇ。早く良くなると良いね』
『三人息子の一番下の子が毎日付き添ってくれててね。一番下の子だから可愛がって育てたらしいわ。』
お隣のベッドの方と、本当にそんな話をしたのかな?
『いつも息子さんが帰る時に、おばあさんが〝干物と玉ねぎ持って帰り〟って言って渡してるのよ~』
あぁ~、妄想~
いくらなんでも病室で干物や玉ねぎ、無いもんね
でも、妄想だとしても、温かい家族のエピソードが頭に浮かんだだけ、穏やかな時間だったんだろうなと思ったんです。
施設入所の間には、母の兄夫婦にも、幼馴染にも会え、病院に入院中とはいえ、息子夫婦や孫、私の夫にも会えた母は満たされて、穏やかでいてくれたのかもしれないなと。
最後の方は私が知る母の人生の中で一番優しく、穏やかな人になっていました。
あの感じだと、ちゃんと天国に行ける気がします。
私がそう思いたいだけかもしれませんが…