21時頃。真冬の様な寒さだけど、そんな事に気を使ってる場合じゃなかった。
ガチャ…静香「ふぅ…」
玄関のドアを開けるだけなのに、こんなにも緊張する日が来るなんて思った事なんてなかった。
最上父親「…静香、お前も学生なんだから帰る時間を…そこのオトコは誰だ。」
すかさず、プロデューサーが横に出る。
P「こんばんは、夜分遅くに申し訳ございません。静香さんの今後のアイドル活動の件で急ではございますが、お話しさせて頂きたく参りました。」
これがもし、通らなかったら、この計画はお終いだけれど…
最上父親「…上がってください。」
まるで、苦虫を噛み潰した様な、そんな顔。見たことないというより、見た記憶すらない顔だった。
これから私達は賭けをするのだ。今更こんな事に驚いていては、この後どれだけ驚けばいいのかしら。
P(いいか、静香。予定通りに、そして我慢だからな。)
静香(わかってますよプロデューサー。…もう覚悟は決めましたから。)
きっとプロデューサーは心配なのだろう。でも、心配さの現れない顔と声は、俳優顔負けの名演技と言える程に凄い。
最上家 客間
最上父親「…今後のアイドル活動、と仰られたが、具体的に何を話に来たのですか?」
例えるなら、氷山の如く冷たい視線。獣の獲物を狙うような、息を殺したような声。はっきり言って怖かった。恐かった。
静香(でも、ここで怯む訳には…!)
P「はい。単刀直入に申し上げますと、このまま静香さんがアイドルとして活動する事に関して許可を頂きたいのです。」
静香「私も…!そうしたいと思ってます!」
静香(言えた…!)
ドンッ!
鈍い音。前に推理系のドラマの撮影で火薬を少し使った時に聞いた音よりも鈍く、何より感情のこもった音。それによって、机が、床が、椅子が揺れる。
最上父親「…プロデューサーさん、貴方はご存知ないようですが、静香は…」
何か教える時の人の声とは思えない程の声で感情をいまさら隠そうとした言い方だった。
P「存知上げております。静香さんは中学生の間だけ、アイドルとして活動出来ること。」
私にとっては嫌なくらい突き刺さる現実を言い放った。
最上父親「なら…!」
より感情を隠せずにいる、冷静さを装うお父さんの悪い癖。
P「私は!静香さんのプロデューサーです!」「私は、静香さんの夢を!願いを!叶えたいんです!」
静香「…」
今。この会話に口を出そうとは思わない。思えない。プロデューサーは、きっと、私の気持ちを理解しているのだろう。どこまで、どれ程か、なんてわからないけれど。でも、今私がプロデューサーに感謝していることは伝わっていないで欲しい。
最上父親「…本当にそう考えているんだな静香?」
怖い声だ。何か、脅すような声だ。
静香「はい。」
心無しか、小さく答えた気がする。
最上父親「…約束では、中学生卒業まで、だったな?」
恐らく、お父さんは苛立っているのだろう。
静香「…はい。わかっています。」
今度は、大きな声で答えたつもりだ。
最上父親「…そこまでわかっているなら、答えもわかるだろう。」
苛立ちの様な、呆れの様な、いい気持ちでは無いことはわかる声だった。
P「わかっています。貴方が、許可しない事。」
私の方に向きかかっていた、感情の矛先を変えるように放った言葉は、しっかり矛先を変えたようだ。
最上父親「なら、一体何の…」
P「ですが!こちらには、こちらなりに、やり方を考えて来ております!」「静香さんを誘拐させて頂きます!」
最上父親「なっ…?!」
さっき見たあの、見たことの無い顔とはまた違う見たことの無い顔、鳩が豆鉄砲を食らった顔というものなのだろう。何より、言葉を畳み掛けることで、思考が追い付かない様にしているのだ。理解出来ないだろう。
P「私は本気です!返して欲しくば、事務所に電話をお願いします!それでは!」
更に畳み掛けるように、プロデューサーが放った言葉は、お父さんの理解をより難しくさせた。
静香「それじゃあ、お父さん。私が帰ってきた時、アイドルを続けても良いって言ってくださいね。」
この計画も終盤だ。後は、このまま事務所に向かうだけ。
最上父親「…」
黙っている。理解が追い付かないのか、それとも、思考を巡らせているのか、そのどちらかかしら。
P「それでは、夜分遅くに失礼しました。」
ここまで丁寧な捨て台詞を去り際に残す誘拐犯なんて、この日本にたった1人だけであって欲しいものだ。
静香「…」
何も言わないお父さんを残し、車に乗り込む。きっとしばらくはあのままだろう。
P「…ふぅぅぅー…あー緊張した!事務所行くぞ!」
静香「は、はい!ちょっと!気をつけて運転してくださいね!」
あのプロデューサーがこんなにも緊張しているなんて、ちょっと予想外だった。でも…
静香「あ、あの、プロデューサー。」
P「ん?どうした?」
静香「…ありがとうございます。」
P「いやー良いって!お礼なんてそんな!」
静香「いえ、犯罪者になるリスクを背負って頂いて、ありがとうございます。」
P「そっちー!?…だよなー俺、犯罪者になるかも知れないんだよな…」
静香「…」
さっきまでのプロデューサーは見る形もなく、頼りない時のプロデューサーになっていた。やっぱりリスクの高い計画だった。
静香(ありがとうございます、本当に、心から感謝します)
プロデューサーに聞こえないぐらい小さな声で、感謝を伝える。照れくさいと言うより、勿体ない台詞だ。これからが、頑張りどころなのだから。