今日は3ヶ月間入院をして、
退院してからの事を書きます![]()
退院をしてからも担当の先生と電話ですが
私が相談に乗っていただいていました。
「先生どうしたら良いの?」
って毎回電話をしていました。
先生は「あなたがどうしたいですか?」と質問をされましたが、私は答え方が分からず![]()
「本当は病院に入院したい」って
言いたかったのですが、、言えず![]()
イライラが出てくると両手に力を入れて
「グッ」と
我慢です
ずっと毎回イライラを我慢していると
爆発してしまうとわかっていたので、
イライラの落ち着く薬を時間関係なく飲んでしまいます。
これで大丈夫って安心して毎回飲んでました。
ですが、、安心はしましたが
お薬が次に通院する日までの分のお薬が日にち分足りなくなり
どうして良いか悩みました![]()
イライラした時の解決法を考えて、
⭐️お外に気分転換に散歩をしたり
⭐️気分をまぎらわすために集中できるものを
探したり
私は趣味が全然なかったのと
何を趣味にしたら良いのかをすごく悩んでいましたが、
頭が働かなくて、母親のお姉さんが、
「あんたこんなんどうや?と進められていましたが、
どれも3日間だけ続いてしなくなるパターンが毎回でした。
でも何故か 父親の内職だけはすごく必死になるんです。
内職なのでお金は安いですが、
私は安くても内職ができる嬉しさはありました![]()
母親がいなくても、イヤホンで🎧音楽を聴きながら
内職が自分のくうかんでできるから
内職のお給料日はすごく楽しい一日なのです![]()
![]()
目
が輝きますね![]()
![]()
そうしている間に、母親が引っ越しをしよう
っと言って母親のお姉さんにお話をしていました。
その時住んでいたお家が15分位車で🚗走らないと
買い物や街に出れない所でした。
真冬は
🛵バイクは危ないし、大雪⛄️
が降るとお仕事に行くのにも1時間早くお家から出ないと
お家の前の雪かきをしてから父親は毎日会社に行っていました。
私は大雪⛄️になっていても毎週週に一回のヘルパーさんは
必ず、しんどくても行きたいんです![]()
ヘルパーさんの担当の方が楽しい方の時は朝から
気分が違って
「![]()
![]()
![]()
」



この笑顔![]()
になるんです![]()
![]()
分かりやすいですかね![]()
すぐに顔に出るんです![]()
でも出来るだけ顔には出さないように人の目
は
気になるので
人の話し方や目は必ず見るのです。
なんか思われてるのかなあ??など
マイナスに毎日気持ちがいってしまいます
どうしたら良いのかが分からず、はじめての方に出会うのは
すごく緊張 不安がありました。
バスに🚌乗る時も手に人 大丈夫を
何回も書かないとバスに🚌乗れなくて、毎回不安でした
母親に緊張するっていうたびに
「うるさいなあ」
「乗って行ったら着くやないん」
っと毎回言われていました。一緒に乗ってって言うと
「なんで?私は🛵バイクがあるやないん」と
言われていました。
そして引っ越しのお話に戻りますが![]()
私の自立のために引っ越しをせんと
このままここにおったらどっこもお仕事に出んようになるで?
って言われましたが、
母親が引っ越しをするには理由がありました。。
父親と離婚をするのに
私の自立を話に出してお家を出るという意味でした。。
お家を探すのに、母親のお姉さんにもアパートや
中古の一軒家を不動産屋さんに話に行ったり
インターネットで検索をして 不動産屋さんにメールを✉️
送ったりしていましたが、なかなか見つからずに
2年たちました・・・
それから何年かして、母親の兄弟の子供の男の子が大阪に行く事をきっかけに、また 私の自立の話に家を引っ越す話を母親が出した時に
父親が、「僕はここから出る気はない」
2人で出たかったらでえや」
と言葉が出てきてから
母親が「ほんなアパートやら探すで良いんやな?」っと聞くと
「うん」と父親が言って、次の日から
母親のお姉さんに電話をして
アパート探しするでと言って色んな不動産のホームページを見てメールを✉️送ったりを毎日していました
引っ越しは私も初めてで気持ち嬉しくて、やっとお家から出れると思っていました。
というのは、
私は昔から父親が怖くて話をするにも緊張して勇気がいる
んです。
男性恐怖症です。男の人と話すのが怖く、出会うのも怖く
人が多いところは行くのもできなくて、でもだんだんと無くなってきたことはありました。
それが、
「死にたいと思う気持ちはおさまりつつありました。」
ですが、イライラのコントロールが中々出来なくて
だけども、爆発したり、暴れることがなくなったのは
一歩前進したかなあ〜っと思っています。
それから、色んなアパートや中古の一軒家を見に行ったり
毎週のように行っていました。
母親と私の姉は嬉しそうでしたが
私は、緊張がありました、、
というのは 人が怖くてちゃんと近所の方になれるのかなあ?と言う気持ちがあって
嬉しい反面緊張です![]()
![]()
母親とお姉さんが2人でアパートを見に行ったり
府営住宅に裏口入学みたいに入れるかなどを
知り合いの方から内緒で聞いてもらっていたみたいですが
離婚していないと入れない 障害者の子が一人でお留守番できるか?とかを聞かれて、離婚まだ母親がしていなく
一人でお留守番はできるけどもあまり府営住宅の条件に合うのが、、というのでダメになり
普通のアパートにすることになり、府営住宅とちょっと違うところも見学に行って、
ここにしようって母親と私の姉が言って不動産屋さんに行って契約をしてお金も払ったのに
母親のお姉さんが見にきてくれて、
「あかんここペンキの匂いで頭が痛い」
と言っててお姉さんの子供の長男の方も
「頭痛い」との事でやめることになりましたが、、
普通はここに決めよって言った本人が不動産屋さんに謝りに行くのが私には普通の考えだったのが、
母親のお姉さんが不動産屋さんに
「文句ではないのですが、ペンキの匂いがするしと言ってお断りをしに行ってくださって、」
払ったお金のこともお姉さんが聞いてくださり
後でお姉さんから不動産屋さんに「断りの電話したでな」
と言う電話をいただいたのに、
母親が
「さすが姉ちゃん」っと言う言葉には私は
なんで謝ってもらったのに、「さすが姉ちゃんと言う言葉になるの?」って
最初の言葉は謝るのが普通では?
「ごめんよ。ありがとう」の
言葉がないことに私はなんで??っと気持ちがなりました。
だって謝りに行く人が違うでしょ
って
ちょっと腹が立ったのと、お姉さんに申し訳なく思いました。
そしてアパートのいい場所が見つかり、おーってなりましたが、アパートの契約者に必要なもの、アパート代父親、アパート代が払えなくなった時の保証人?が母親のお兄さん、電気代やガス代も父親、ほとんどが父親なのです。
なんで?と思いましたが、アパートを探す時に母親に聞いたのです。
アパート見つかったらアパートの契約代などはどうするの?
って聞いたら
「父親に払っってもらう」と言っていました。
「そうなんや〜」とは言っていましたが
お父さん大丈夫なのかなあ?と思っていました。。
そしてアパートが決まり、引っ越しの用意で買い物や家具を見に行ったりを毎週していました。色んなものを買いに行ってアパートに置きに行ったりしていて、
母親のお姉さんにも手伝っていただきました。
鍵を私の分作って、引っ越したその日は父親にも少し
一緒にいてもらいました。
そして、母親が父親に「1ヶ月に一回の私の食費を入れてよ」
っと言ったそうです。
引っ越しの前に母親のお姉さんに
「あんたアパートに引っ越したらどうしようとおもとん?」
「あんたがちゃんと仕事を探さんとあんたのための引っ越しなんやで」
「あんたの自立のための引っ越しなんやでな」
と言われて
「どうしようとおもとん?」
と言われて、
「ちゃんと頑張る」と言ったら
「どう頑張るん?」と聞かれて
母親の顔見たら
「聞かれとんやでちゃんと答えな」
と言われて 少し泣きそうでした。。
でも自分でちゃんと仕事をするって決めたから
アパートに引っ越したら自転車で買い物行ける
お仕事が探せると思う気持ちで引っ越しをしたのと
父親から離れると思って引っ越しをしました。
今日も長くなりました![]()
文章を書いていると知らない間に長くなってしま
いますね![]()
ではまた書かせていただきます![]()