これは、チャーチルの架空の名言と呼ばれる一説である。
要するに今までの経験を正確に判断できたものだけが、未来を予測できると言いたいわけだが、この言葉、チャーチルの架空の名言と知るまで、いや知った後もずっと自分の中で教訓として生きてきた言葉である。
今世界各国の国々で、この言葉通りに認識できている国がいくつあるだろうか?日本を含め、ほとんどないのではないだろうか?
例えば、シーシュパードの日本に対する嫌がらせにしても、日本悪とレッテルを貼ることに抵抗感を持つ政府高官がいかほど存在しているだろうか?
またグレンデール市の慰安婦像設置に反対した議員がいかほどのものだったか?
更に日本が反対活動を行うことに対するレッテル張りはえげつないものになっている。
またシーシェパードによる日本への工作は支持するくせにノルウェーやスウェーデンによる鯨漁に異議を唱えるものは皆無である。
これらを一言で言い表すと、全てが汚いと言う印象にしかならない。日本が敗戦国だから、それらのことに一々文句を言ってはならないと言うことなら、全くお話にならないのである。
やってもいないことに無理やり抗議をし、アメリカ議会で問題化させ、日本は国際法を守って鯨漁をしているにも関わらず、韓国近海で年間1000頭以上も違法に漁獲されている鯨に対しては一切文句を言ってこない。
また戦前のアメリカによる日本人大虐殺について、やつらはそれを正当化さえしている。日本人的感覚なら、言わずとも正しいことならば知られて、結果として日本は正しかったとなるのだが、このいわゆる阿吽の呼吸と言われるものは世界には全く通用しない。日本人は彼らが根本的に異なった人種であると言うことにいい加減気づくべきだ。言わなければ罪を認めたことになり、より一層日本の立場を悪くするだけだと知るべきだ。
また韓国人のような厚顔無恥の人種は世界的でも極めて稀な存在で、連中がここまで言うのだから実際に何かあったのだろうと思いこむ外国人が増えるのは想像に難くない。
だからこそである、日本として日本人として、間違ったことを言われたならきちんと証拠付きで反論しなければならない。それが例えどれほど細かいことであっても反論すべきである。そして中韓の言っていることがいかに荒唐無稽であるかを世界に訴えねばならない。それにも関わらず河野談話のような、日本自身がその荒唐無稽な事実を認めたようなことになっているから更に問題を難しくさせている。
これからの日本が本来やらねばならないことは、日本国内における教育改革と、海外に向けての河野談話の否定であり、これをしなければ今後日本の将来はとても暗いものになるだろう。
また日本国内には、それを知ってか知らずか、ある程度の知識層と言われる人間たちによって、世界平和やら世界に対する日本の貢献やら耳障りの良い言葉で、腐れ左翼の諫言に簡単に乗せられてしまっている状況である。全く情けない話である。ここで一つ断言しておくが、日本の知識人ほど、無知な存在はいない。学者と言われる連中はある分野では学者と呼ばれるほど知識は持って入るが、それ以外はほとんどど素人以下のばか者だ。彼らはそれしか取りえが無いから学者をやっているに過ぎないと認識すべきである。
もし彼らのいうことを全て真に受けて実行すれば、間違いなく日本という国が滅ぶとだけ皆に理解してほしいものである。