【若い娘(こ) 一人おったら、現場明るくなるのにな】

『ニケツ!』ケンドーコバヤシさんと千原ジュニアさんの会話。
ドラマの撮影中、出演者が男ばかりだという話の流れより。

この話を聞いて、二十歳の頃の私は、あれはあれで良かったんだと思える様になった。

当時の傍若無人な我が振る舞いを想い出して、長年自己嫌悪に陥ったりもしたけれど、根っから嫌われていたら、お声をかけてもらえなくなる訳だから、あれはあれで若気の至りだけど、若くて可愛いから、まっいっか!と許容くれる人がいたんだなぁ、有り難いなぁと思える様になった。


去年放送されたドラマ『やすらぎの郷』で、余命間近な女優役を演じる八千草薫さんが若い頃、出演された映画のご自分の映像を観た後に、病床を訪ねてきた石坂浩二さんに言うセリフが強く心に残っている。

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こないだね、古い映画みたの
先生じゃなくて、市村さんの撮った写真(※)

たぶん戦後
私が三十歳くらい前後の写真

へたっぴ
本当に へたっぴ

やっぱり、チサカ先生に撮って頂かないと、ひとりじゃ演技できなかったのね

ただね

若くって 綺麗なの

自分で言うのも変だけども
本当に 綺麗で うっとりしちゃうの


だけど
演技は へたっぴ

恥ずかしいほど
へたっぴ


でも

女優はそれで良かったのかもね


若くて 綺麗なら
お客さまに幸せをあげられるものね

そういうものかもしれないわね


いまテレビで売れてる女優さん達も、いっぱいそういう方 いらっしゃるものね


でも
私はいま、歳とって
昔の綺麗さなくなっちゃって

その上
相変わらず
へたっぴ

.....

(先生/石坂浩二)

そんな事 ないですよ

今はいま
全然 へたじゃあありません

素晴らしい役者です
それは本当です

誰もがそれを認めています
お世辞じゃありません
(涙ぐむ)

.....

(姫/八千草薫)

先生
だいじょうぶ?

こんな遅くまで私のお付き合いして下さって

.....

(先生/石坂浩二)

だいじょうぶですよ


(※ この年代の人は、映画や映像の事を「写真」と表現する人がいる。)

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若くて可愛らしい女性は、そこにいるだけで、人を楽しい気持ちにさせる存在なのだ。
それは私自身も何度も感じた事がある。
男女を問わず、魅力的な若者がそこにいるだけで嬉しい気持ちになる。
それはとても尊い事なのだ。

『やすらぎの郷』の八千草薫さんが演じる老齢の女優は「姫」と呼ばれ、美しく歳を重ね、上品でたおやかで可愛らしくて、皆に愛されている。
あんな素敵な おばあちゃんになりたい。
これから出会う人や、今まわりにいて下さる人を大切にして、約束を守り嘘をつかず、出来る事を一生懸命して、そして

八千草薫さんの様な
素敵な おばあちゃんになりたい。

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〈添付写真〉
・二十歳の頃の 渡辺まちこ

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【津川雅彦さんと伊丹十三監督】



映画『マルサの女』の完成披露試写会で、津川雅彦さんにお目にかかった。まるでイタリア人かフランス人みたいな濃厚なセクシーさで、当時はその魅力に、私はまだ気がつかなかった。


「徹子の部屋」で当時の津川さんの姿を拝見して、俳優はやっぱり良い女とたくさん付き合って、いろんな体験をしている人の方が魅力的だなぁと思った。


人の前に出る仕事をしている人は、歳を重ねても外見がさほど変わらない人も多いが、津川さんはものすごく顔貌が変わっていった、とても魅力的な俳優だった。あの立派な白髭が似合う日本人はそんなに多くはいないだろう。


1988年に「徹子の部屋」に出演した時、津川さんは大きなパンダの ぬいぐるみを徹子さんに手渡し、「このパンダは妊娠してます。150日ほどたったら、子どもが産まれます」と言って、徹子さんを大いに喜ばせた。


臨月になったら、そのパンダを津川さんが当時経営していたオモチャの店に連れていくと、担当の医者が本当にお腹の中から子パンダを取り出してくれるのだという。

そしてそのパンダの ぬいぐるみの中には、あらかじめ仕込んでおいた子パンダが入っていて、双子の時もあるのだという。


幼稚園にもこの特注のパンダの 縫いぐるみを津川さんがプレゼントし、担当の医者が幼稚園に出向いて、子ども達が見守る中でパンダに「出産」させたのだという。

それを大真面目な顔で、少年みたいに いたずらっぽい目つきで説明する津川さん。素敵な男性だなぁ。

当時はまだ、津川さんの大人の魅力に気がついておらず、本当にもったいない事をした。




マルサの撮影当時、私は知的でダンディな伊丹十三監督の事が大好きで、たまに笑顔を見せて下さると胸がときめいた。


普段の伊丹監督は、はにかんだ笑顔で人の目を見つめて話して下さる人だったが、撮影の時はピリピリしていて、スーパーサイヤ人みたいなバリヤーがあって、監督の3メートル以内に近づく事は出来なかった。



だからこそ、マルサのファーストシーンの おっぱい看護婦の撮影の時、42テイク目でやっとOKが出た時の、伊丹監督のはじける様な素敵な笑顔は、今も目に焼き付いている。

 

.....


マルサのファーストシーンの看護婦役を演じる事になったキッカケは、とてもドラマチックである。


リオデジャネイロのスラム街に住み着いて一年ほど経った頃、母が急死した電報を受け取った。

一時帰国をし、イタリア移民の末裔の恋人と共に永住を決めていた私は再びブラジルに帰る為に、リュックひとつで恵比寿の六畳一間に住み、寝袋で生活しながら、六本木で働いて飛行機代を稼いでいた。



ある夜 午前3時頃、ベニヤを貼り合わせた薄い扉がドンドンと振動した。


「電報です!」と言う男の声。

恐る恐る扉を開けると、小さな紙を手渡たされた。


いったい誰が死んだのかと、胸がつぶれる思いでカタカナに目を走らせた。


「アイタシ  レンラクコウ」


伊丹プロダクションからの電報だった。



伊丹監督の映画『お葬式』を観た事はあるが、監督と面識は全くなかったので、どうして連絡がくるのか、どうしてこのアパートの連絡先が分かったのか不思議に思いながら、朝になるのを待って、記してあった電話番号に公衆電話から電話をかけた。


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22歳の時に出演した、下北沢でやった演劇団の芝居の主役が、にっかつロマンポルノの大スターだった 山口美也子さんであり、たくさんのポルノ映画やAV関係者がその芝居を観に来ていて、当時I(アイ) カップだった私はたくさんの、AV出演オファーをもらった。


しかし当時 私は女優業にさほど興味はなく、世界中を旅したいという野望を抱いていたので、その全てのオファーを断った。



その中に、ニューセンチュリープロデューサーズのプロデューサーの 細越省吾さんがいらっしゃった。

マニアックで面白い映画をたくさん作っているところだったし、細越さんの映画話はとても面白かったので、よく事務所へ遊びに行っていた。



21歳の時に自費出版した自分の写真集『実録猟奇娘/渡辺まちこ写真集』(ソノシート付き/ヌードあり)を彼も買って持っていた。


その細越さんが伊丹映画のプロデューサーになっていた。

マルサのキャスティングで、伊丹監督が「大柄で胸が大きくて、人生が顔に出ている女優」を探している時に、私の事を思い出し写真集を監督に見せ、会ってみようという事になったそうだ。


恵比寿にあった六畳一間の下宿の住所は、雑誌『モーターサイクリスト』誌の編集長と弟にだけ教えてあったのだが、その編集長に私の連絡先を訊いたのだという。


.....


六本木の狸穴(まみあな) 坂の近くにあった、伊丹プロダクションを訪ねドアをノックすると、伊丹監督が添付写真の様に、満面の、はち切れんばかりの素敵な笑顔で、ドアを開けて下さり、「ようこそ!」と言って、大きくて分厚くて暖かい手のひらで、私の手のひらを優しくしっかりと握りしめ、笑顔のまま私の顔を長い間じーっと見つめ続けた。

そして、



人生が顔に出ている。

立派な顔だ。



とおっしゃった。

そして、マルサのファーストシーン、病気の老人に おっぱいを与える大柄な看護婦役に即決して下さった。


.....


撮影が終わって、私はリオのスラム街に帰り、それから一年住んだ後、ブラジル人の恋人と別れ帰国した。


ブラジルと比べてテンポが早く、ごちゃごちゃした日本のテンポになかなか戻れず、弟と父が住んでいた家に居候してごろごろしていたが、映画『マルサの女2』が公開されたので観に行ったら、


あまりにも刺激的で脳がシャキッとした。


と、伊丹監督に電話したら

「新幹線代をあげるから遊びにいらっしゃい」という。


いつもの旅のリュックを背負って、伊丹監督に会いに行くと、

「ホラー映画『スウィートホーム』を作るから、お化けの間宮夫人役を演ってほしい。最後は聖母マリアというか、菩薩の様になる役だから君に演ってほしい」という。


伊丹監督の映画は、日本社会の闇の部分を描くものであるが、そこに一筋の光として、菩薩の様な役柄が登場する。

マルサの看護婦も菩薩の役だから、弥勒菩薩に憧れて旅をしている君に演ってもらいたかった。 

と、あの知的でダンディで日本一の監督に、目を見つめられて熱く口説かれたら、演るに決まってる。


.....


何かつらい事があり、打ちひしがれた時、とことん地獄を一周して、最後に辿りつくのは、伊丹監督のあの素敵な笑顔と、暖かくてがっちりした手のひらと、あの言葉である。


あの世というものが、もしあるとしたら、そこでまた監督に会えるかもしれない。

そうしたら、監督にこう言われたい。



人生が顔に出ている。

立派な顔だ。

以前よりもずっと立派な顔になったじゃないか。



だから私はいつも、どんな時も

再び立ち上がる事が出来るのだ。



世界中で一流の素敵な男たち女たちに出会えたのは、本当に幸せな事である。

22歳の時、バイクに積めるだけの荷物以外は ほぼ全て処分して、全捨離して旅に出て本当に良かったと、心の底からそう思う。



↑再放送決定!
詳細は後述します。

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【そういえば、全捨離した事あります!】二十歳の頃、バイクで日本一周野宿の旅をする前に、バイクに積めるだけの着替えと自炊セットとバイクケア道具だけ残し、後はリサイクル店に売り、下宿は引き払いました。ほんの少しの大切な物(中学の時に買ったタロットカードとテキスト本等。現在占い鑑定の仕事で使用中)だけを弟に預けました。
当時は断捨離という概念や言葉もなく、ただ自然とそうしよう!と思ったので、あっという間に実行出来ました。いま思うと、心身が自然に求めていたので、日常茶飯事の様に全捨離する事が出来ました。

昨夜、櫻場大王のWEB生放送で、「なかなか全捨離できません。どうしたら良いですか?」と質問したところ、大王に「それはマチコさんが必要としていないから」とご回答を頂きました。

考えてみると、確かにそうです。
好きな物に囲まれて、自宅で自分のペースで出来る仕事(文筆業と占い鑑定)をし、必要以外は人に会わず、穏やかで平和な生活をしたい!と小学二年生の時に、大人向け江戸川乱歩の本を読み漁りながら思いました。
それから数十年、いろんな事をしたのは全てその目的を達成する為だった様に思います。

そして、十年ほど前から私はその理想の生活を遂に手に入れました。
もうすでに、女優時代に 贅沢三昧や酒池肉林を満喫したし、名誉欲や自己顕示欲も満たし、世界中行きたい場所で やりたいこと全て出来たし、好奇心の向くまま全ての欲望を叶えました。
だから今からセレブになりたいという野望もないし、偉人になりたいという気持ちもないから、全捨離したら運気アップ!と聞いても、さほど心が動かなかったのだと思います。

でもまあ、そろそろ早めに終活をして立つ鳥あとを濁さずでいきたいし、ほとんどの時間を過ごす自宅が綺麗だと気持ちが良いので、

【一捨一楽】 
 
でいこうと思います。


人生最後の目標は、今まで世界中の人に受けたご恩を、地球規模で返していきたいという事です。
私は占いと文筆を生業としているので、相談を受けた時などに、人を活かす言葉を発していきたいと思います。

その為に、出来るだけ技術と心を磨き続けたいと思います。
千葉県野田市にある 武神館忍術道場に一度でも多く通って 初見良昭宗家や、神戸にご自坊をお持ちの密教瞑想の師僧、僧籍を置かせて頂いている 京都の山伏のお寺の師僧方に直接ご指導を受け、心を磨いていきたいと思います。

だから、不要なものは感謝して捨てさせて頂き、家の中の気の巡りを良くして、より良い仕事が出来る環境を整え、修行と勉強を続ける資金と心身の健康を得たいと思います。


全捨離の効能は、私はよーく実体験しています。
期間を決めずにバイクで走り、日本一周完走し、旅の途中で出会った世界中を旅している大きなヨットにしばらく居候したり、奄美大島本島と離島の加計呂麻島に一年間 篭って文章修行をしたり、武神館道場で忍術を学び、シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断し、パリでアンニュイに暮らし、リオデジャネイロのスラム街に二年間住み、一時帰国した時に 伊丹十三監督と出逢って二本の映画に出演し、元配偶者の フランス人 忍者&山伏と、高野山のお寺で得度受戒し、修験道(山伏)の修行に励み、欧米人向けの本を執筆したりもしていました。


これたったの十数年の出来事です。

全捨離すると、もの凄い事が起こるのは本当です。


大王は「ホラ貝以外は全部捨てよ」と、昨夜おっしゃったけど、ある日ふと、また全捨離してしまう日がくるかもしれません。

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尊敬する櫻庭露樹大王さまが昨夜、WEBで生放送した
【26の開運メソッド】
再放送決定しました!

全捨離の効能など、面白くて為になる話がいっぱいです。
 
サクラバさんの LINEを登録すると、再放送などのお得な情報をゲットできます。ぜひ!
@epi7896s

めちゃめちゃ面白くて凄い人です。
世界五大偉人の一人です。