T20でアメリカ市場に参入以降、USスズキでは、トレール・モデルが好調に売れ行きを伸ばしていた。しかし、一方では大排気量モデルの需要が、確実に高まりつつあった。国内メーカーも、ホンダがCB450 、カワサキがW1といった具合に、大型モーターサイクルの生産を開始、アメリカ市場の大型モーターサイクル・ブームはいっきに加速されることになった。
こうした市場のニーズをはやくから察知していたUSスズキでは、繰り返し、大排気量車の必要性を本社サイドに訴えていた。しかし、2サイクル・メーカーを自認するスズキにとって、大型モーターサイクルの開発は、多くの難問をはらんでいた。というのも、一般には当時、2サイクルは350㏄が限界と信じられていたのである。吸入行程で混合気の気化熱による冷却が期待できない2サイクルの場合、大排気量化はすなわち、シリンダー温度の上昇を意味していたのだ。過去には、ツンダップやエムロといったメーカーから、数例の500㏄の2サイクル・エンジンが発表されたことはあった。しかし、そのどれもが熱の問題をクリアできずに開発半ばにして挫折していた。しかし、スズキはあえて、500㏄2サイクル・ツインの開発を決断した。これは、2サイクルのトップメーカー、スズキのプライドをかけた挑戦だった。設立間もない技術センターの2輪設計室では、若手の技術者たちが中心となって、未知の領域への挑戦を開始していた。だが、未曾有の大型2サイクル・エンジンの設計では、当然のごとく多くの壁に直面することになった。
問題はやはり、シリンダー内のクーリングにあった。エンジンの異常振動、スリーブの引っ掻き傷など、シリンダー温度の上昇にともなう様々なトラブルが発生して、技術陣を悩ませた。しかし、こうしたトラブルの原因は、若手スタッフの懸命な努力によって、ひとつひとつ根気よく克服されていったのである。ようやく試作エンジンが完成すると、500㏄2サイクル・ツインは動力計にかけられ、目標馬力がクリアされた時点で走行テストが開始された。
テストは機密保持のために深夜から早朝にかけて、行われたといわれる。そしてある日、未明の竜洋テストコースで、目標とされた180㎞/hオーバーの最高速度が達成されたのだ。1967年になると、試作モデルはアメリカ大陸に運ばれて、ネバダ砂漠の過酷な気象条件のもとで最終的なテストが実施され、万全を期して市販へと移されることになったのだった。
1967年のモーターショーは、期せずして2サイクルの大型ロードスポーツの発表ラッシュに沸くことになった。このショーで、スズキの新500㏄ロードスポーツ、『T500』もマニアの前に公開された。同じショー会場では、ヤマハ、カワサキ、ブリヂストンからも350㏄モデルが、同時に発表されることになった。これらのモデルはどれをとっても、それぞれに個性に富み、魅力にあふれていた。だが、スズキのT500の前では影が薄れがちだった。
それほど、500㏄という排気量はインパクトが強かったのである。前作のT20の技術を、T500は多くの部分で受け継いでいた。一挙に排気量が倍になったとはいえ、技術的には極めてオーソドックスな成り立ちだった。話題の中心となった大型2サイクル・ツインにしても、47ps/6500rpmという最高出力は、軒並みリッター100馬力を達成していた他の350㏄エンジンに比べれば、驚くほどのハイパワーとはいえなかった。とはいっても、ピストンバルブを装備した500㏄のエンジンは、そのキャパシティの大きさで、見るものを圧倒した。T500のエンジンは当然、スズキが誇るCCIを採用していた。いや、CCIなくしては存在しなかったかも知れない500㏄2サイクル・ツインは、クランクケース右後方に設置されたオイルポンプからクランクシャフトの両端部へオイルを圧送していた。
この強制給油潤滑システムによって、T500の信頼性は、はじめて確保されることになったのだ。ゴム製インシュレーターを介して装着されるキャブレターは、T20と同じ同圧型が採用されていたが、出力特性はT20に比べて穏やかになっていた。フレーム・ワークもT20タイプのダブルクレードルを補強したもので、いったん走り始めれば193㎏の車重を意識させない軽快な操縦性を発揮した。また、ブレーキには、Wパネル・ツーリーディング(前200㎜、後ろ180㎜)という凝ったものを採用していて、安定した制動力もT500の大きな魅力となっていた。
T20から一挙に倍の排気量を得たT500からは、もはやピーキーとか神経質といった形容詞は消えることになった。T500はトップスピードの180㎞/hまでパワフルに、しかも穏やかに加速したのである。こうした特性はアメリカ市場でも好評をもって迎えられた。上質なクロームメッキをふんだんに施し、ゴールドメタリックの塗装にバックスキンのシートという派手な出で立ちのT500は、アメリカ人の好みを意識してデザインが決定されていた。こうしたスズキの目論見どおり、T500はアメリカ市場という巨大マーケットに受け入れられたのだ。また、ロードレーサーに改造されたTR500タイタンのデイトナでの活躍も、T 500のアメリカでの人気に拍車をかけることになった。
T500(Part.2)
スズキが初めて踏み出した大型車への第一歩が、2サイクルピストンバルブ2気筒・500c cの「T500」だった。プロトタイプ・モデル「スズキ・ファイブ」が前年の1967年に「東京モーターショー」で発表されて以来、2サイクル・ファンはやきもきとした心持ちでいた。国内では、未だ見ぬ「マッハ」の幻影を追いかけるだけで、2サイクル最大の排気量のデビューには大きな期待をいだいていたのだ。
1968年3月、2サイクルとしては、当時世界最大の排気量を持ったマシンが誕生した。0→400mを13秒、最高速度180km/hを実現。同じく3月にデビューしたW1Sが、W1の時の最高速度180km/hを越えて185km/hを記録することさえなければ、記録的には並んだはずだった。
しかし、注目すべきは、むしろリッター辺りのps計算でW1の84.8psに対しT500は94psというスペックを持っていたこと。これは、「マッハ」がデビューする以前としては最大級のものだった。ちなみに、CB750fourでは91psを記録するに止まっている。又、ピストンスピードで、W1スペシャルの毎秒17.3mに対し、T500は15.2m。耐久性を考慮した結果ではあろう。が、決して高回転指向の設定ではなかった。T20やT21を経て、ライバルモデルのライダー達を驚愕とさせたスプリンターぶりは、正直に言ってT500のスペックからは何も伺うことはできなかった。
だが、スズキが敢えてそうしたのであるならば、この後に誕生するGT750「ウォーターバッファロー(水牛)」にも共通した要因が隠されているはずだ。さて、実際のインプレッションは・・というと、左側、つまりシフト・レバーと同軸におかれたキックスターターに、初めのうちは多少戸惑う。キックもプライマリーを採用してはいないし、エンストでもしようものなら、慣れないうちは慌てふためく。キックペダルも引き出すには手を使わなくてはならない。但し、始動させた後に左足を踏み変えることなくギア・シフトを操作できる点は、便利とも言える。それに、シフトダウンの際、セカンドからロー・ギアへの介入はできず、必ずニュートラルに導かれるのは大いに助かる。
信号待ちで停車が繰り返される度にニュートラルを探るのは、意外に面倒とも思えるからだ。だが、T500のクラッチレバーは、ハンドルから遠く、更に少々重く感じるかも知れない。ハッキリ言って外人向きに設定されている。それに、スタートの際にクラッチを切ると、タコメーターの針が作動しなくなるのは考え物。だが、このシステムのメリットは・・と言うと、ギアダウンの際にクラッチを作動させなくとも、作動時のエンジン回転数が読みとれること。しかし、一般的な物の方が好ましいと思う気持ちが正直なところか。走りに関しては、市街地走行が決して上手なほうではない。高回転型とは言えないスペックながら、低回転域でのトルク特性はやや細い。2速3速を上手に使いきる容量を持たなければならない。又、焼き付きの心配からか、4、000rpm手前から燃料が濃くなるように設定されており、多少のモタツキが感じられる。但し、6、000rpm以上を保ってのシフトチェンジは快適そのもの。又、エンジン音の静かさには驚かされる。
高速道路を通常のスピードで走っている限りは、振動もなく2サイクルであることを全く感じないでいられる。サスペンションのセッティングも高速巡航を考慮した節が伺える。ソフトではある。が、路面との追従性に優れ安定感は高いレベルで保たれている。だが一方、市街ではこのセッティングが多少影響してか凹凸に対して敏感に反応しすぎるようにも思える。ブレーキは、フロントに200mmφのツーリーディング式。レーサーを彷彿とさせる放熱フィンがドラムに設けられており、なかなかに美しい。リアは、180mmφのリーディングトレーリングでワイヤーでのコントロールを採用。どちらかと言うと、リアはコントロール性・効き味共にすぐれている。が、フロントは、高速では問題なく、低速走行時には頼りないものと感じるかも知れない。
ハンドルは、アッパーフォークのブラケットにラバーマウント。グリップラバーがセンター部分をエアで膨らませた樽型としていることで、伝わる振動に対する効果としては認めるものの、ハンドルに力が掛かる低速時や悪路での状況では、いささか心許ない。ハンドルそのものも、キャスター各・トレールが高速よりの安定性を図って設定されているせいか、低速ではフラつく。少々辛口の評価の部分もあるが、仕上げの面では非常に凝った造りをみせるモーターサイクルであり、ヨーロッパのモーターサイクル・ファンからも強い支持を受けていることも最後に記しておく。
