インライン4とすればクラス初の水冷化となったモデル。又、カワサキとしては初の4バルブ化も成されていた。Z900/750RS(1973y)から10年の歳月を経ての課題は、全てに初の試みを持っての挑戦で開発は進められていた。世界最速を目標に開発が進められたGPZ900Rと同じく、クラス最強のモデルと成すが為の策は、徹底した軽量化とコンパクト化を図ること。これを可能とするには、先ずはパワ−ユニットの選択だった。レ−スに参加するだけの高出力化が可能なこと。低重心化が図れるレイアウトであることが大前提となった。シリンダ−ピッチを短縮して幅を詰められる水冷化は当然のことながら、ダイナモのシリンダ−背面への配置も、強制空冷式のオルタネ−タ−採用もこうしたアイデアから生まれた。従来のパワ−ユニットを参考とすることなく、理想的な観点からの発想がこのパワ−ユニットを創り上げたと言える。吸排気系の通路のストレ−ト化による充填効率のアップ。燃焼室形状の変更、中空カムシャフトの採用、テンション圧を軽減したオ−トカムテンショナ−によるメカニカルロスの低減化等々、徹底した煮詰めが行われている。5000〜6000rpm までは必要十分だけの出力を与え、本来の出力の発揮は6000rpm から、更に8000rpm からと2段ロケットの様な特性を持っている。高速よりの設定がミッションのハイギア−ド化でも伺える。
GPz750R 1985y
デビューと同時に旋風を巻き起こした750Rは、この年早々の改良が図られた2型(型式名称:ZX750G2/1985y.3)をリリース。なお、同年6月には、サイドカバーに「Ninja」のロゴを配した限定(300台)モデルも発売されている。2型に関しては、カラーリングの変更と共に、アクセルワイヤーが従来の1本から2本となっている。900Rの国内バージョンとして人気を集めた750Rも、ナナハンの国内需要の低迷でいまひとつ波に乗りきれず、デビューから2年後の’86年モデルを最後に生産を停止。代わって、750cc専用設計のGPX750Rがラインナップされる。絶大な人気に支えられながらも、このモデルが意外な短命に終わったのは、900R逆輸入で国内市場を闊歩し始めたからにほかならない。実際のところビッグバイクに対する支持が高まるにつれ、動力性能で劣っている750ccクラスでは、お下がり的な存在に映っていたのも致し方ない。また、TT-F1クラスの上限が1984年を期に750ccに変更され、ベースモデルには必然的に軽量でコンパクトなレーシーな形態のモデルが必要とされる傾向となっていたからだ。メーカー側もこういった状況を見据えた上で、コンペクティブな750ccの開発を急務として動き出した。750Rがどんなに優れたモデルであったにしろ、時代のニーズはあまりにも激しく揺れ動き始めていた。軽量化と低重心化を煮詰め、メインフレームを高張力鋼管丸パイプとし、シートレール部をアルミ角断面、さらにアルミキャストのステッププレートの3ピース構造としたダイヤモンドタイプのフレーム。スリムでコンパクト化を押し進めたサイドカムチェーン方式のパワーユニット。スーパースポーツモデルとしての資質のレベルを極めたモデルでもあった。
