ディスクトップのはなし あるいは(知性がもたらす柔らかさ) | 古林一誠オフィシャルブログ「空想のジオグラフに John Smith は11人いる!」

古林一誠オフィシャルブログ「空想のジオグラフに John Smith は11人いる!」

劇団「お座敷コブラ」
俳優・奇術師
舞台についてや少し不思議な日常を書きます

私の近くに

"デスクトップ"のことを

"ディスクトップ"と呼び続けている方が居ります

ブログに書くなんて、古林はそれがよっぽど気になっているんだろうな、

と想像されるかもしれませんが、あまり気になっていません。

話の流れで意味は通じるので不便はないのです。

 

元々、英語の音をカタカナにしているものなので、

間違いと言っていいかどうかも曖昧です。

 

余談ですが、昔、クリス・ベノワ(Chris Benoit)という

カナダ出身のプロレスラーがおりまして、

プロレス雑誌によって、

"クリス・ベノワ"と書かれたり

"クリス・ベンワー"と書かれたりしていました。

 

クリス・ベノワ氏人によると、どちらでもよいとのことです。

ただ、

"クリス・ベノイ"という表記については

「さすがに違うと思うぜ」と言っていた、とか。

(Tajiri選手の書籍で読んだ記憶)

 

閑話休題、

デスクとディスクについてですが、

違いは分かっていたとしても、

いつもの癖でついつい、"ディスク"と言ってしまうだけ、

という事も考えられます。

 

もしかしたら、

フロッピーディスクや、コンパクトディスク、

ハードディスクにアクセスするのに、最初に触る部分という事で

ディスクのトップだというイメージを持っているのかもしれません。

 

などなどなど……色々と想像は膨らんで楽しいものでございます。

 

ちょっと話は変わりますが、

先日購入した書籍に、

「知的態度に取り入れるべき行動原則」という

とても興味深いことが書かれておりました。

12の原則のうち、最初の5つがこちらです。

  • 可謬の原則
  • 真理追求の原則
  • 明瞭性の原則
  • 立証責任の原則
  • 寛容の原則

ひとつづつ解説すると長くなりそうなので、

場面を限定して話をすると、

人の話に耳を傾ける時は、可謬の原則、明瞭性の原則、寛容の原則、

を特に心掛けたいと思ったのです。

 

かるーく紹介すると

可謬の原則は「間違えることってあるよね!」

明瞭性の原則は「わかりにくい事とか知らないことは明確にしようね!」

寛容の原則は「話し手に有利なように解釈し、修正の機会を設けようね!」

という感じ。

 

多少の誤りや不明瞭さがあっても、

「それはこういう事でしょうか?」と確認しあえるような

そんな知的態度でありたいな、と思うこの頃なのでありました。

 

まったく知的でない乱文になってしまったので、おしまい。

 

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2024/7/12~14