AI時代だからこそ、人間のミスが面白い
最近、AIの進化を見ていると「そのうちF1もAIが運転した方が速い時代になるのでは?」と思うことがある。
例えばテスト走行を50周ほど行い、ステアリング、アクセル、ブレーキ、タイヤの温度、路面状況など膨大なデータをAIに学習させる。さらにレース中もリアルタイムで最適解を計算し続ければ、人間より速く、安定した走りができる日が来るかもしれない。
でも、そこでふと気づいた。
それって本当に面白いのだろうか。
F1の魅力は、速さだけではない。
ドライバーが限界まで攻める勇気。
エンジニアがマシンのセッティングを読み切る力。
ストラテジストがピットインのタイミングを決断する一瞬。
そして、時には人間だからこそのミスが起こる。
そのミスがドラマを生み、逆転劇を生み、伝説を生む。
もしAIがすべてを管理したら、最適解だけが並ぶレースになるかもしれない。
これは車だけではない。
街を歩けば、ユニクロ、GU、ドラッグストア、どこへ行っても似たような景色。車も安全性や空力性能を追求した結果、メーカーごとの個性が薄れ、「エンブレムを隠したら見分けが難しい」と感じることが増えた。
便利になった。
性能も上がった。
それでも、どこか「夢」が減ってしまった気がする。
昔は「いつかはクラウン」「いつかはセンチュリー」「いつかはレンジローバー」と憧れがあった。
今は高級車もSUVが主流になり、時代の流れだと理解しながらも、少し寂しさを感じる自分がいる。
AIも、自動運転も、ハイブリッドも素晴らしい技術だ。
でも、人間が迷い、失敗し、それでも挑戦して成功する。
私は、そこにこそ価値があり、面白さがあると思う。
効率だけでは生まれない物語がある。
AI時代だからこそ、人間らしさが、これからもっと価値を持つのではないだろうか。