こんにちは
今日から3日連続で3年間の部活の思い出を語ろうかと思います
今日は1年の時
入学して1週間
ついに仮入部の期間がやってきた
夢と希望を抱いて入部してきた我ら1年生
しかしその夢は1ヶ月もしないうちに崩れ去った
下半身トレーニングなるフットワーク
小学校6年間でまったくなかった運動に悪戦苦闘
「こんなん意味あんのかよ~!?」といった1年は決して少なくなかった
ようやくキャッチボール
しかしそこでもまた
「ワキ90度 肘90度!!」
ウザイほど叩き込まれた。が今ではほぼ自由な投げ方だったり
ポジション分けというある種3年間の自分の立場を分ける重要なイベント
ピッチャー志望は当時6人
いきなり実践登板させられ
1人は外野へ
一人はファーストへ
一人は退部し
結局残ったのは自分と元エースと左腕軟投派の現在のメンバーへ
そのころからエースは別格だった
その試験登板でいきなり結果を残し、そのまま1年にもかかわらず多くの試合に登板
エースへの道をひたすらに、登っていった
一方、自分はというと
たいした結果も残せずむしろ外野手出場のほうが多く、とりあえずエースは断念
2番手として陰の実力者となることを決意
今思えばこのとき諦めてなければ、未来は変わってたかもなぁと思うけふこの頃
3年生の夏が終わり、夏休みへ
夏の練習は言葉に詰まるぐらいやばかった
30度の炎天下の中ランニング30分はザラだった
倒れるもの続出
1年の5分の4はぶっ倒れてたはず
そんな夏休みが終わり
秋の新人戦へ
自分はベンチ入りすらできず、3人だけベンチ外
当時からアピールするものがなかったのですね
なんやかんやで勝ち進み区で3位になった
秋が過ぎれば冬が来る
冬練がはじまりました
冬練っていうと運動部の人ならわかるかもしれませんが
とにかく走るんです、基礎トレーニングなんです
ひどいときにはキャッチボールすらないという始末
今思うとそれがあったからやめずに続けてこれたというか・・・・
地獄のような冬休みが終わり、
やっと練習試合ができるようになりました
そのあたりからピッチャーとしての評価が徐々に上がっていった。というのも
縦のカーブという決め球を覚えたんですね
カーブを見せてインハイにストレートとか
ストレートで入ってカーブとかっていう組み立てができるようになったんですね
しかし好不調の波が異常に激しくいい時はボールキレまくりなんですが悪い時はストライクすら入らない
で3月の公式戦では・・・・・
背番号21
・・・アイシールドか!!!
ベンチ入りできるのは20番までなんであと一つだったんです
そのとき言われたんは
「○○(本名)の縦のカーブは新チームで絶対に武器になるからな。」と
でそのときにベンチ入りに左腕軟投派がはいっていました
その当時は(今もあまり変わらないけど)スピードはないわ、こんとろーるはないわ、変化球は曲がらないわで
なんでベンチ入りしたかわかんない様な奴でした
そんな奴がベンチ入りした理由は
「声が出るから」
う~る~さ~い!!
声ならベンチ外でも出せるだろ!!
戦力にならない奴をベンチに入れてどうすんねん!!
心のそこから思いました
最初に肘を痛めたのもそのころ
いきなり本格的に投げ始めたから体ができてなかったと医者にいわれ
今までやってきたことはなんだったんだろうと顧問に問いたくなったというのは心の奥に潜めましたが
一年生はざっとこんな感じです
だいぶ長くて駄文で読みにくいと思いますね、自分でも読みたくないし
誤字脱字はまあ言っていただければ幸いです
次は2年生 自分の居場所 をお届けします(サブタイはきにしないでください)