この件は書こう書こうと思ってる内に1ヶ月経ってしまったので、今更感がありますがご容赦ください

昔、フジテレビで「五嶋龍のオデッセイ」という、1996年から2005年まで、年に1回放送されていたドキュメンタリー番組がありました。
五嶋龍は生まれも育ちもニューヨークで、世界的に有名なヴァイオリニストである「五嶋みどり」の17歳下の弟です。
番組は母「五嶋節」にヴァイオリンを熱心に指導される様子を中心とした10年間の成長記録。
番組開始時から空手もやっており、「ヴァイオリニストなのに手を痛める空手もやるの?」と思うところだけど、祖父(五嶋節の父)が空手師範ということもあり、自然な流れだったみたい。
自宅から柔道着を来て、近所の道場に通う姿が可愛かったです

この番組の第1回目をたまたま見ることが出来、2回目以降は毎年夏に放送されるのを録画していました(当時はVHS)。
時は流れ、20年位前にBSで全部の回(全10回)をまとめて再放送をしたのを友人が見つけて録画し、DVDに焼いてプレゼントしてくれました

そのDVDは今でも大切に持っています。
そしてチャッピーも出て来て、TV画面を撮った写真を鮮明にしてくれたりする時代に。
可愛い
ナビゲーターの頼近美津子さんが、どえらい美人でした
2009年、ニュースで訃報を知った時は本当にショックでした。ご冥福をお祈りします。
五嶋龍も姉同様に神童と呼ばれ、日本でもコンサートをしていたので、見に行ったこともあります。
ストラディバリを貸与され、CDも(6〜7枚?)リリース。
文武両道でスクスク育ち、ハーバード大学を卒業。
立派な大人へと成長しました。
(受験の年の回は見応えがありました✨)
2015年10月から2017年3月まで、「題名のない音楽会」の司会を務めました。
今までの司会者の顔ぶれからしても、選ばれるのはとても栄誉な事です。
でもニューヨーク在住で、ヴァイオリン以外の事も色々やっているのをインタビュー記事で見ていたので、週一で日本に通うのは無理があるのでは?と思っていたら、案の定一年半足らずで交代となりました。
それからは音楽家としての活動は聞かくなりましたが、どうしたものかと、思い出しては検索していたら、数年前(2022年?)、ニューヨークに「JA(Japanese American) BUDOKAN」なる道場を設立してました。
インスタより↓
空手を継続してるのは知っていたし、大きな大会にも出ていたので、師範になるのは驚きはしないけど、道場の設立にはちょっとビックリ。
こうなると、暫くはヴァイオリニストの仕事は難しいだろうなとは思いました。
それから数年、インスタをフォローしてずっと見ていたけれど、音楽活動の話題はありませんでした(道場のインスタだから当然といえば当然)。
でも、人前で弾かないだけでヴァイオリンは続けているものと思っていました。暫くしたらまたステージに立つのだろうと。
そして先月、インスタで「よみタイム」のインタビュー記事がアップされました。
インタビューより一部コピペ↓
(バイオリンは)自分の精神的な牢屋だったんですよね。だから、バイオリンをやめてから一度も振り返ったことはありません。戻る可能性ですか? ゼロです。今でもコンサートに行くことはありますけど、「自分はあのステージに立っていなくて良かったな」と感じています。
これにはビックリ‼️
音楽家としての五嶋龍をもう見れないのが寂しいというのもあるけれど、それよりも2歳から続けてきたヴァイオリンをスッパリやめたという事に驚きました。
驚いたと同時に面白いというか、こういう人もいるんだと感動したというか、、、
語彙力&表現力が無いので上手く言えません

面白いのは、多くの人が努力に努力を重ね、喉から手が出るほど欲しくても得ることが出来ないポジションを手にしたけれど、あっさりと手放したこと。
勿論人並み以上の努力あっての事だけど、あんな風に楽器を操れたら楽しいだろうし、人前でも緊張せずに演奏出来る肝もあるし、著名人となり、拍手喝采を浴び続けたら、音楽の魔力にハマって大抵の人はもう抜け出せない、、というか、抜け出そうとは思わないんじゃないかしら。
と思うのだけれど、彼からしたらそれは精神的な牢屋だったと。
ギタリストの村治佳織が「ギターを弾くのは、食事をして歯磨きをするような流れの中にある毎日の習慣」と言っていたけど、2歳から毎日欠かさず続けていた習慣をやめられるものなのかしら(習慣として続けてる可能性はあるかも?)。
親の強制とは言え、物心ついた時からヴァイオリンに打ち込んでたら、それ以外で食べていける道が考えられないというのが殆どのパターンだと思うのだけど、龍君はハーバード卒の頭脳を持ち、世界大会に出るほどの空手の実績もあれば、お金を稼ぐ(生きていく)術の選択肢が沢山ある。
進路選択の基準が「一握りの者にしか与えられない立ち位置」という希少性とか「応援してくれる人がいるから」とかでは無く、あくまでも「自分がどうしたいか」で、今まで手にしていたものを手放し、自分が本当にやりたい事を一から築く事を選択した潔さが清々しい。
母の節さんはどう思ってるのかなとか、色々気にはなるけど、1ファンとしては、彼の選んだ道をこれからも応援し続けたいと思っています。