さて、現在開催中のマークマンダース展@東京都現代美術館へ行ってきまして、ちょっと記録など、、





なんとなく、これからはなるべく、見てきたものを新鮮に細かく記録につけられたらいいなと思ったので、今日は長めの記録になるやもしれません。。




マークマンダースは1968年生まれの私たちと同じ時代に生きるアーティストです。彫刻やインスタレーションの作品が有名です。




わたしがマークマンダースに興味を持ったのは、彼のインタビュー記事を読んだときからです。




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【マークマンダース自身が〈Perspective Study〉という作品について語ったインタビュー】


マークマンダース:

「Perspective Study」の制作はほかの作品のためにパピエマシェ(張り子)を必要としていたのがきっかけになっています。パピエマシェをつくるのに新聞が必要だけど、作品内に実際の時間を持ち込みたくないから本物の新聞は使えないし、すべての作品が同じ瞬間につくられたものであってほしいと考えているので、日付も入れたくない。そこで、偽の新聞をつくることでこの問題を解決しました。偽の新聞という方法を手にすると、遠近法を取り入れることができたので、遠近法のスタディへと変わっていきました。このように、何かをひとつつくったら、また別のアイディアが生まれてきたんです。



【マークマンダースという架空のアーティストについて語るマークマンダース】

マークマンダース:

彼は18歳のままです。絶対に。それがアーティストとしての私の年齢で、人としての私は18歳と実際の年齢を行ったり来たりします。でも、誰にでもそういうものがあるのではないでしょうか。自分が自分になった年齢、瞬間というものが。





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これを読んで、この人の作ったものを見てみたいと思っていたので、今回の展示を楽しみにしていました。





今回は木場の現美まで、旦那さんに運転してもらって。駐車場があるので助かります(有料)





【全体の感想】

作品数はわたしにはとってもちょうどよかったです。足腰に辛くなく、集中して見ても疲れないくらいの。

(旦那さんから最後に、物足りないなんじゃない?もう一周してきてもいいよ、と言われたので、過去彼がみた中では少なめの点数と感じた様子)




個人的には、作品数はあればいいってもんでもない気がしてます。(そりゃせっかく運ぶならあれもこれも持ってきた方が色々いいんだろうけど…)




とはいえ立体の総重量で考えたら、ブロンズなので、鬼のような作品数の絵画よりも輸送費やばいのかもしれない、、わかんないけど…




展示について。少しキャッチー…かな?そんなことないかな?ライゾマ展との抱き合わせ、撮影可能展示(一部)。でもこのご時世だもんね。





みる人の分母が増えるのはよいことなので、よし!👆




もう長くなってきてるけど、次に

【詳細の感想】




彼は建物全体の構成を大切にしてるそうで、美術館には展示に一番いい壁、というものが存在するのですが、そこを今回美術館側と何度も話し合いをしたけど、絶対に使わなかったそう。そんな、いい壁かどうかをどスルーして、彼なりの構成を大切にしたというのでそれを感じたいなとも思って全体も意識してみる。

(この情報は又聞きなので、過去の展示の話だったらすみません…でもそれくらい考慮してる点というのはどの展示にも通じるので大丈夫かもしれません)



写真も撮ったので


粘土みたいだけど、ブロンズなところがすごい。





ブロンズから出てくるわけないのに、わざわざ砂とか落ちてる風にしてるところがエモい。







一つひとつの像の顔が美しい。

三日月のようです。




タイトルが詩的なのはもともとが物書きだったから?

読書好きとしては彼のその前身にも心惹かれるところがある。







今日イチかわいい作品。

このスペースにこのサイズ感。萌えます。





衣服などを無造作に、作品なのかどうかすらわからない程度に置く場面も。この雰囲気はあれだ、"アートチーム目"の、「非常にはっきりとわからない」展の雰囲気を彷彿とさせる…この感じ…両者に共通するものは『不在または不穏』…?





この辺りで、とてもわたし的に感動的な一コマがありました。近くにいた30代前半くらいのご夫婦の会話。





(大きめのブロンズ像をみて)


👩‍🦰これ、中軽かったりして。中身発砲スチロールだったりして笑


👱‍♂️えー?え、ブロンズ製だって…


👩‍🦰え、、、めちゃ重いじゃん。ここで作ったんかな。ほら、だって、ここに砂落ちてるし。


👱‍♂️あー。



というやりとり。



奥さんのその純粋な見方も素敵だし、そしてまさに鑑賞者の見る自由とはこのことだなと思ったし、なおかつマークマンダースが、マークマンダースという架空の芸術家が今まさに作って、だがしかし不在であるという、この展覧会のコンセプトの体現を今ここで見た気がしてものすごく感動しました。





あーアートの、芸術の、こういうところがとても好きだな、今このお二人と一緒にこれを見れてよかったな、と胸が熱くなりました。





わたしが一番好きだったのは最後の展示作品。

〈三羽の死んだ鳥と墜落する辞書のある小さな部屋〉





個室に敷き詰めたキャンバスの上を歩く。

最奥には、落ちる辞書の絵。

その下にはどこかに三羽の鳥の死体(剥製)があるかもしれない、と示唆する文章。

私たちはたくさんの死の上に生きている。

(実際に三羽の剥製の鳥、と画材紹介に書いてあったので本当に埋まってたのかもしれない…うわぁぁ、、)



本当に思い上がったことを、誤解を恐れずに言うなら、以前わたしが島唄について書いた日記(https://ameblo.jp/nini-com/entry-12607187296.html?frm_id=v.jpameblo&device_id=e2c21c1e13f94bc98f22298aaf7134f8)


この作品はあのときのわたしの気持ちを表現してくれているようで、胸がギュ〜っとなりました。




あと、占星術で使われるサビアンみたいな文章のタイトルだったのも印象的でした。




マンダースさんの造形のきっかけが、無造作にそのあたりのものを使って作った間取りだったと今回の展示の紹介に書いてありました。

それを思わせる作品がありました。

ペンやその他文房具などなどを使って作った間取り図。

彼が当初どんな衝撃を味わったのか、追体験してみたくて、自分でも想像の中でペンを一本一本置いていってみました。すると、この間取りには移動するためのドアはあるけど、出入り口のためのドアがないことに気づきました。わざとなのかたまたまなのかどうかは知る由もありませんが、、、

(この作品は撮影不可で、説明も、こちらから定義付けするのが難しいので自己中な文章ですみません)




熱くなってしまいました。





今回、旦那さんは初めての立体作品の鑑賞だったのですが、その様子を見ていて、また二人で色々話す際に、立体作品というのは絵画よりも鑑賞度に自由さがあるなと感じました。





粘土とか積木とか、人間の童心に備わった何か、より素直で自由度の高い感じ方ができるような、そんな感じ。




絵画は苦手でも、案外立体なら楽しめる人もいるのかもしれないな、と感じます。




最後に、パンフレットに書いてあったマークマンダースの美しい言葉を引用させてもらって終わりにしたいと思います。





「建物としての自画像は時間がすべて凍結しています。私の作品、私にとってのすべての作品は同じ瞬間に存在します。」


「実際の物を使って書くことができていて良かったと思っています。紙に書くのではなくて。これをやればやるほど、物の言語というものが非常に重要であると確信するようになってきました。例えば、彫刻や物を見ると時には作り手の頭の中や心の中を翻訳することができます。そういうものは、言葉そのものよりもダイレクトに語りかけてくると思います。やはり、物を実際につくる方が、作家の頭の中を歩いていくことができる。そういう意味でとても面白いと思うんです。」


「展覧会について、作品は…文章のようになります。お互いが話すその仕方を考えること。常にイメージしているのは、最初の部屋、次の部屋、という具合に、それぞれの部屋が曲の一部分を構成しているような感じ、すべての部屋が違う音を奏でることです。作曲の構成に似ています。」




それではこれにて。










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