こんにちは🌿
今日はセラピストやカウンセリングに対する西洋と東洋の違いもあるなぁなんて思っていたら、何か文章を書き出したくなり、ブログを開いてみました。
西洋と東洋、みたいに分けた考え方もちょっとあれなんですが、文化的な対比ということで…
さて日本では、昔よりかは企業カウンセラーがいらっしゃる会社もあったりして、少しずつ概念が変わっているようにも感じます。が、やはり民間にはまだまだ、カウンセリングやセラピーというのは最後の砦のような、そんな後方の存在なような感じが否めません。
欧米だと、わりかし昔からカウンセリングはそんなに我慢して我慢して、からいくものでもなくて、日本の経営者たちがコンサルや、結構占い師さんとかに行く雰囲気で、セラピストやカウンセリングを選択に入れている、と感じます。ビジネスの場面では。
経営者の方が占い師さんにいくのは、神頼み的なものでなくて、彼らは彼らなりに軸が既にできており、その上で、"ある自分たちなりの経験則"から占いにいくので、何にも自分で行動を起こさずして最初から他力で占いに行く雰囲気ではなくて。(そういう人もいるかもしれないですけれども…)
でも、コンサルにしろ占いにしろカウンセリングにしろセラピーにしろ、共通しているのが"より良くなるため"であることなのが興味深いなと思います。
欧米のあるビジネスリーダーは、どんなにその人がひらけた思想で感情が安定しているように見えても、その状態を維持するために、そして最高のパフォーマンスをあげるために、脳をできるだけ最高の状態に維持するために、定期的にセラピーへ行くのだそうです。
車も高級車ほどきちんとメンテナンスするだろう?と言うのです。
この文章を読んで、素直に、セラピストがそんな風に捉えてもらえたらいいなぁと思いました。
人間だから、毎日いろんなことで揺れますから。
(ちょっと古い例えになるかもしれませんが、)モデルさんや女優さんがエステに行って美を保つみたいに。
例えばわたしなら、立ちっぱなしの仕事の日は、パフォーマンスを保つためにフットマッサージに行くみたいに。
前向きな状態のために。
なんとなく、グイグイ系のビジネス書の、最高の〇〇!みたいなイケイケな語感に聞こえそうですが、突っ走って前向き!ていう感じではなくて、ニュートラルな感じ。
自分が落ち着ける場所まですぐ戻れる感じ。
西洋の言い方だと、どうしても最善を目指す感じになってしまいますが、ここはあえて和洋折衷で、いろんなことで揺れるのが前提で、でも自分の心地よい場所に戻れるような、中庸な感じ。
わたしは、メメントモリと、死ぬる時節には死ぬがよく候、という言葉を結構よく思いながら暮らしているのですが、先にあげた欧米のビジネスリーダーのことばに、これからのセラピーに対して明るい印象をもったので、今日はそれを書き残してみました。
こんな拙い文章をここまでよんでくださって
ありがとうございます