今日はちょっと暑苦しく、読みにくく、長くなってしまいそうな予感がします…



アートの話。



久しぶりに日曜美術館の録画をみました。



リ・ウファンさん。久々にすごく響いたので書きたくなりました。わたしは誰かのものの見方の話を聞くのが好きなのですが、リさんの思われていることをおそらくとても正直にオープンマインドに、パッションを持って語られていたと感じてわたしも熱くなってしまいました。




リさんが雪舟に惹かれているのはなぜ?




雪舟の秋冬山水図の話。
これについて、画家の観点から雪舟の筆致を追って考察されるリさん。
画面構成について、上は異形、下は情景と仰る。
現実と非現実を組み合わせたものだと。




そんな風に考えたことありませんでした。
もしかして人は無意識にそのギャップに惹かれてしまうのかもしれないですね。




また、ご自身の作品についてご説明されているときに、彼の自然への畏敬と畏怖を感じるお言葉がありました。




中国の易の考え方で、森羅万象は点からはじまって点にかえる。自然宇宙の最小限の要素だと。
真っ白いキャンバスに筆をおく瞬間は、一瞬のことであっても計り知れない何かがおこっている。




勝手な解釈だけれど、リさんはこのとき、筆を置く瞬間がビックバンであり、点のことをAs above, So below(上なる如く、下もまた然り)として言ってたように感じました。(いやいや陰と陽じゃないのとおもってる自分もいます)




リさんの作品は重いもの、石など、簡単に扱えないものがあるが、それは軽くて手軽なものでは自然とは対峙できないから。




絵画の中には、何も考えずに自動書記で、降りてきたものを表現するんだ派もいますから、リさんはもしかしたらその意味ではロジカルなのかもしれません。
(勝手に決めつけてすいません。)




別の、雪舟の研究者の方もその方の見方で雪舟を理解し、考察を述べられていたのも興味深かったです。
アトリエにこもっていなかったからこそ、歴史と関わってしまっている雪舟。




そして、お二人の話す雪舟像を伺っているうちに、私はおじいさんの絵の雪舟しか知らないけど、もしかして雪舟は変化が好きで、トリッキーでフットワークの軽い、抽象画的概念と先見性をどこかに持ち合わせた軽やかな鳥のような若者だったのかもしれないなと想像できました。雪舟について詳しくないので、あくまでも今日感じたことです。





また、国宝《破墨山水図》について。
日本の湿気の多い空気感と余白。
引いて、引いて、引きの美学。



このあたりでは、谷崎潤一郎の陰影礼讃を思い出しました。




そして、ジョンレノン。彼は禅画を好み、すこしファニーな線画を多く書いています。




三人とも、余白の美学、禅が好きな人たちなんですね。





最後の方、リさんが、今やっと絵のスタートラインに立っている(😳)やっとこれからだ、みたいなことを仰っていて。いろんなアートができて壊れて、これからなんだ、辿り着いたんだ、と。すごく力強さと希望を感じました。これからの世界についても一人の人間の生き方としても。





また、他者との関連。誰かとつくっていく、ことにも言及されていました。人は人生を通して自分を知り、表現し、その次は共同創造になる、というとても美しい流れを見たように思います。




雪舟が大作を描いたのは60代を過ぎてから、リさんは70代でヴェルサイユ宮殿のプロジェクトを。
人生は長く、壮大である虹




この回を見ていて本当にしみじみ、ああ、アートのこういうところがおもしろいし、わたしはだいすきなんだなぁと、とても気持ちが良かったです。
もひとつ大変個人的な感想として
人間の一生と山水長巻とタロットカードはなんだか似ている気がしました。