最近思うこと。
天職ってあるのかな。
天職に出会ってみたい。
パッションを持っていきている人を見ると本当に輝いていて素敵だな、と思う。
でも天職に出会って、自分の人生を生きるとして、家庭はきちんと機能できるだろうか。
なんとなくまわしていかないといけないものにならないだろうか。
自分の優先順位はなんだろうか。
一番好きなものは趣味に、二番目に好きなものを仕事に。とか
フランスなどでは結婚しても自分の時間をとても大切にする節が多い。でも離婚率も高い。とか
それに日本ではもともと家庭と仕事と全部個人単位で両立しないと成り立たない。
でも人間としてキャパオーバーすぎる。とか
とりとめもなく。
天職とは、探すものではなく
自分にできることを積み重ねていき
それが誰か笑顔のためになっていたこと、とか
だとしたらわたしがすべきは
天職を探して自分の人生を生きるより
家族の潤滑油になれるよういつもにこにこして
そんな風にできるように余裕を保っておくことなのでは。とか
人間は社会的動物だから
やはり誰かに貢献したり
社会的欲求はあるけど、
その頑張りのために、下位欲求が
崩れてしまっているから
ストレス社会なのではないかな、
本末転倒なのではないかな、とか
時々いろんなことを考える。
あと400年もたてば日本人はいなくなるとか
そもそも2100年には滅亡寸前とか
人類の歴史のなんと短いことよ。
とか。
なので自分が子孫を残そうと残すまいと
人類はいなくなるだろうとか
やけくそに聞こえそうな乱暴なことも時々思う。
そのおかげで執着少なめに生きられる気もする。
自己実現してもしなくても
あと何年かすればわたしは
この世からいなくなるから
とりあえず今目の前の好きな人を一瞬一瞬大事にしようみたいな、ノストラダムス的な生き方をしているような気もする。
時々考えて
学んで
悩んではいないけど
自分なりの
落とし所が見つかるといいな。
多分根底には。
普通が一番難しいよ、
安定と平凡が一番だよ、とは言うけれども
主婦してダラダラしてないで
社会に貢献した方がよい、
自分を持っている方がよい、みたいな
意識が心の中にあるからだと思う。
考える時間もなく
がむしゃらな時はそんなこと考えもしないのにね。それ自体が平和なことだと感謝しないといけませんね。
そして、考えるまでもなく、
家庭が第一優先ですね。
一番欲しかったものだから。
