K子のおとーちゃん入院日記 ~人間の力ってばすっごいよっ!~

K子のおとーちゃん入院日記 ~人間の力ってばすっごいよっ!~

2013年、69歳の父親が心筋梗塞で入院中に脳室内出血を起こし、医者からは寝たきりを覚悟してくださいと言われながら、
そんな医者の言葉を信じず、人間の持つ力を信じ、子供だからできたこと、そして父親が一進一退を繰り返し、回復していった記録です。

Amebaでブログを始めよう!
すっかりさっぱりごぶさたしてしまいました。

ブログを書き始めのころは、すいすいと進んでおりましたが、
書き進めていくと、やはり、父親が入院していた時期…
特に今後どうなるかわからない状況のときというのは
心身ともにかなりダメージを受けていたのだなあ、ということに気づきました。
それで、ブログの更新をすると、
その時を追体験してしまう部分もあり、
ちょっとしんどくなってしまったのです。
楽しみにしてくださっている方や、
2年前のわたしと同じような境遇で何かのヒントになれば、と
見に来てくださっている方には申し訳なく思います。
またボチボチと再開していきますので、
たまにのぞきにいらしてください。

そして、うちのおとんさまの現在について。

おかげさまで、わたしとケンカができるほど元気です。
3食きちんと食べています。
週に2~3日、近所のデイケアに通っています。

脳室内出血の後遺症で記憶障害があり、
新しいことを覚えるのが難しかったり(昔のことはとてもよく覚えています)、
服の着替えの順番がわからなかったり、
家の中でトイレの場所がわからず迷子になってしまったり、
いろいろとわからない自分に気づいて
パニックを起こして泣いてしまったりすることも時々あります。
(認知症のような症状といってもいいかもしれません。
ショートステイの際は、認知症のフロアです)

また、今は投薬のおかげでおさまっていますが、
昨年2014年の春くらいには、
てんかんの発作もあり、幻聴や幻覚がありました。

歩行について、バギーを使って歩いています。
室内を歩くのは問題ないですが、
すぐ疲れてしまうため、たくさん歩けないので
外出は車椅子を使っています。
平衡感覚が微妙なので、父親自身でうまくこげず、
わたしが押しています。

とまあ、このような状況です。


介護日記も時々書いていきましょうかね…
2013年2月3日(日)

今日は朝から石山先生のところで節分会。
厄除けはもちろん、たくさん励ましてもらったり、
お昼ごはんも振舞ってもらって、
ヨレヨレの気持ちが伸びていく感じ。
ありがたくて胸がいっぱいになる。

お昼過ぎからは、10年ほどお世話になっている
美容院で髪の毛を切ってもらった・・・
というのを、今手帳を見て思い出した・・・。

美容院のあと、病院へ。
今日も面会制限。家族以外の面会はNG。
熱は37度台。
ずっと出続ける熱に不安にかられるも、
おとーちゃんには今の状況をクリアできるから大丈夫!
と自分に言い聞かせた。

・・・というか、言い聞かせるしかなかった。
そうしないと、わたしがもたなかった。
今となっては、そう思うのでありました。

2013年2月2日(土)

熱が下がらないのは感染症かもしれない、とのことで、
あの忌まわしき大部屋から、
ナースステーションに一番近い個室へと移されていた。
熱が下がらないのは心配だけど、
あの薄気味悪い部屋に寝かせておくよりかは
いくらかわたしの気が紛れた。

部屋に入るときに、ビニールの手袋をするよう
看護師の方に言われる。
なんせ、感染症かもしれないので。

というか、なんでいつまでたっても、
さまざまな検査をしても熱の原因がわからんのだYO!
素人のわたしからしたら、まったくの意味不明の理解不能である。

それはともかく、おとんの元へ。

相変わらず呼吸が速い。
呼ぶとぼんやりこっちを向く感じ。

入院生活が始まってからおとんのベッドサイドや
点滴のポールの空いたところにぶら下げていた
てるてる坊主は、ベッドの横のスチールの棚のところに
看護師さんが吊るしてくれていた。
そのてるてる坊主に手をやり、
「ここやで」とおとんに言うと、見ているような気がした。
薄目だったからよくわからなかったけど。

今日もなんちゃって整体などする。
手や肩、足も「だいじょうぶやでー治るよー」と言いながらさする。

そうこうしていると、看護師さんが口腔ケアをしにやってきた。
歯を磨いてもらっていた。
「何も食べていないのに歯磨き?」と最初は不思議だったけれど、
誤嚥性肺炎の予防になるらしい。
しかし、見ていると、なんだか歯磨きの仕方が荒いなあ・・・。
意思の疎通ができないからむずかしいのかしら。むう。

そして、前から気になっていたことがあって、
いつもおとんの口の中に
黄色っぽいような茶色っぽいような
固まりのようなものがへばりついていること。
看護師さんに聞いてみると、
正体は痰らしい。
これもしっかり取ってほしいのだけれど、
なんとなく言えなかった。

それから、電気シェーバーでヒゲもそってもらう。

帰り際、おとーちゃんの呼吸が少し落ち着いていたので
ちょっと安心して病院を後にした。

夜は久しぶりに、友達とごはんを食べた。

毎日、家→バイト→病院→家で、
友達に会う時間もなかったので、
ずっと張り詰めていた気持ちがなごんだ。

2013年2月1日(金)

昼間に妹がおとーちゃんのところへ。
しつこく呼びかけたら「なんや」と言うたらしい!
えーなんでー!いいなー!
わたしまだ、声を聞いてないよ・・・。

今度は髄液の検査をするらしい。
また検査かよー(えなりかずき風)

はーしかしあれだ。
薄暗く不気味な空気感満載の病室に
怒りすら覚えてきた。
ほんと、なんなんだこの雰囲気は。
責任者出てこーーーい!
人生幸朗師匠が乗り移るんちゃうか?と思った。
長い時間見舞っていたいのに、早く帰りたい。
こんな部屋におとんを寝かせておくのが本当に忍びない。

しかし、不満をあげても仕方ないので、
わたしができることをする。
アロマでいい香りを漂わせたり、
祝詞や祓え詞をブツブツととなえたり。
そして、今日から足の指を回して、土踏まずを押してみることにした。
足の指や土踏まずを刺激するのはいいらしい。
あと、なんちゃって整体&なんちゃってヒーリング。
効いてるかどうかわかんないけど、効いてる!と思ってやる。
効いてるかどうかわからないからといって、
何もしないでいたら、後悔しそうだったので、やる。

娘のわたしがやるんだから
効かないわけがないだろーが!

と、自分に言い聞かせるのであった。

2013年1月31日(木)

おとーちゃんの容態をいつも教えてくれるのは看護師さん。
担当の先生にはちっとも会えず、
話しに来てくれる気配もさっぱりない。
先生、ひょっとしてくノ一(くのいち)なのかしら?
とすら思ってしまうほどの気配のなさ。

おとんはどういう状況で、これからどうなっていくのか、
そういうのは看護師さんに聞いても詳しくはわからないと思うので、
看護師さんに先生と話がしたい旨伝える。
あまりいい顔されなかった記憶がある。
何聞くの?みたいな感じだったけど、
先生にアポイントをとってもらう。
病院とか先生の都合でもなんかあるんですかね?
しかしそんなもん、わたしゃ知らん。

この頃、毎日のように、おとーちゃんのきょうだいに容態のメールをしていた。
そうすることで、冷静におとーちゃんの様子を観察できたし、
何よりわたしの気がかなり紛れていたのだった。

この日も、「今日のおとーちゃん」というタイトルで
おじさんおばさんたちにメールを一斉送信した。
おとーちゃんの義理のおにいさん(おとんのお姉さんのだんなさんで、わたしのおじさんね)から

「一進一退で徐々に確実に回復へ向かうからね」

との一文が入った返信が来た。

おじさんのお嫁さんであるわたしのおばさんは(ややこしいな・笑)
2011年に脳梗塞で倒れていて、このときもリハビリ中だったので、
その言葉にとても励まされて、
それからのわたしは、この言葉にずいぶんと支えられた。

「このまま意識が戻らなかったらどうしよう・・・」
「どうやって面倒みたらいいんだろう・・・」
「どうしよう、どうしよう・・・」

この頃のわたしは、うっかり気を抜くと、
それらの考えが刻印されたでかい分銅
わたしの脳天にドガーンとのしかかってきて、
エアムチウチ寸前になることがほぼ日課のようになっていた。
おじさんのメールは、その分銅をひょいと持ち上げてくれるようだった。
そして、はやくはやく!と焦っている自分にもご対面することとなるのだった…。