*母の記録*

 

2015年10月7日

<day+483>

息子が精神的に弱くなってきている自覚があり、精神科の先生と話したいというので

夕方先生と面談室で話をしました。

息子と話す前にまず母親の私と話したいと先生がおっしゃるので、お話ししました。

運命を受け入れると人間は変わる、自分だったら息子に全て話して受け入れさせる。

できれば父親からのがいいと思う。今のままの状態ではもったいない。

この病気で今、寛解していることが幸運なこと、合併症は不幸だけれど腸が今後どうなっていくか誰にもわからない。

その後息子と先生と2人だけでの面談。

30分くらいして先生だけ出てきました。彼なら大丈夫だと。

部屋をのぞくと息子は泣き崩れていました。

話の内容は聞きませんでした。

 

 

2015年10月11日

<day+487>

週末の自宅外出の日。

日曜は恒例の「そこまで言って委員会」を見たあと、このころはナノブロックを作っていましたが、今日はティラノザウルスがようやく完成しました。

 

 

*僕の記憶*

 

 

僕は精神科医が嫌いだった。

今も好きじゃない。

。実は昔ほど嫌いではなくなった。

それも嘘。本当の本当は僕が嫌いなのは精神科医じゃなくて最初から命の仕組みそのもので、でも精神科医は人の形をしていたから、呪いやすかったというだけのことだった。

 

 

精神科医と話すことになった。

その精神科医はなんか著名な人らしい。駅前に開業していて、その精神科はとても人気があるらしい。元々は造血内科の先生で、精神科に転身したらしい。造血内科は日本の医療業界の中でも一番入りにくいところらしく、それを経て精神科医になったその人は、つまり日本人の中でも最高峰の知性ということで、それはさぞかし徳の高い人間なんだろうな。

救えるものなら救ってみろと、僕は思っていた。

 

 

精神科医と二人きりになったのは、二人で話すにはどう考えても広すぎる会議室のような場所だった。部屋がそこしか空いていなかったらしい。

精神科医は絵に描いたようなロマンスグレーの、今でいうところのイケオジだった。

僕のその時の望みは一つで、

その人に負けを認めさせたかった。

私の手ではどうにもなりませんと、言わせてみせたかった。

さもなくば、救ってほしいと心から願っていた。持ち前の徳の高さを遺憾なく発揮して、僕のことを浄土かなんかに導いてほしいとも本気で思っていた。

 

 

会話になって、僕は最初は冷静に話していて、それほど大事じゃなさそうな問答が続いて、次第に僕の今の想いを引き出すような問いになっていって、

「今はどういうモチベで生きているのか」みたいなことを聞かれた覚えがある。

僕は「家族が生きてほしいと思っているから」と正直に答えた。

自分では生きていたくはないけど、仕方なくそうしていると、暗に言ったつもりだった。

でも精神科医は「それでいい。家族のために生きたらいい」と言った。

二の句が継げなかった。

何を言ってんだこいつは、と思った。

そんなに簡単じゃないだろ。家族のために生きる? それでどんな未来が待ってる。何が開ける? 生きていてほしいのは僕自身じゃない。僕の家族だ。家族が僕に生きろと言ってる。僕の望みじゃない。なぜ生きなきゃいけない? なぜそんなサービスを続けなきゃいけない? 

生きていて実際辛いのは僕なのに?

 

だけどそれはいかに思おうとも、口には出さなかった。出せなかった。

口に出してしまえば、今より惨めになることがわかりきっていたからだ。

 

今思えば精神科医は、僕からそのわかりきった諦念を引き出したかったのかもしれない。僕が自分を今以上に惨めにしてまで、生の責任を誰かに押し付けたいと思うほど愚かじゃないと、精神科医は踏んでいたのだろうか。それはかいかぶりだったと思う。事実、僕は楽になるならなんだってよかった。死にたいとずっと前から思っていた。でも、その手段がない。勇気もない。

それを解れと? 

逃げ道を捨てろと?

 

 

悪魔のような人だと思った。

そこまでして人間に生を強いる意味がどこにあるんだよって。

命の味方でいつづけることが、そんなに心無いことだったなんて。

だけどこの日本で最高峰の知性の持ち主が、そんなことに気づかないわけがないんだ。

僕は精神科医を倒したかった。

僕の痛みの大きさによって、負けを認めさせたかった。助けられるなどと思ってごめんなさいと言わせたかった。

だけど彼は、僕のことをはなから助けられるなんて思っていなかった。

僕は医療を完全に呪ってしまいたかった。

だけど僕が医療を見放せば、同時に僕も医療から見放されるということがはっきりとわかった。

何一つ解決していない。

何一つ救われていない。

でも。

 

 

彼は、嘘だけはつかなかった。