2022年は紛れもなく転機の年だった。

本当にまじでそれについては紛れもなさすぎる。

 

で、おそらく作家を目指している方々もそうじゃない人も

新人作家がデビュー後どういうムーブをしたか気になる(場合もある)と思う。

ので、ちょっと年末のノリでまとめてみるかなぁ、と思う。

 

 

1月

1月25日、まず僕は第9回ハヤカワSFコンテスト受賞作の「スター・シェイカー」を出版。が、実はこの出版より前に実はハヤカワからの依頼で、「2084年アンソロ」に出す短編の依頼が来ていたので、それに取り掛かっていた。そう、あの「女子高生が巨大化するやつ」だ。

26日ブックトッカーのけんごさんとの対談の機会をいただいた。

28日に「このSFがすごい」の近況エッセイの依頼と月刊spaの取材依頼を受け、

30日あたりで「星の恋バナ」の改稿のフィードバックを受け取った。

当時の僕は短編がまじで書けなかったので、かなりのプレッシャーがあった。

 

 

2月

2月に入るとすぐ集英社小説すばるから掌編の依頼が来た。これは割とすんなりいって、「銃の成る木」を書き上げる。

中旬にはニュータイプ4月bookの依頼。

25日に電撃小説大賞メディアワークス賞をいただいた「きみは雪をみることができない」を出版。同時に、みきとp作詞作曲・ねんね氏歌唱の楽曲「きみは雪をみることができない」がリリース!

 

 

3月

中日新聞のオンライン取材を受けたその翌日、一迅社から突如のDM。花譜楽曲の依頼。な、なんだって〜〜〜!!!?

それから帰省して、もっぱらメディアワークスの新作と花譜ノベライズを進めていた。この辺りで失恋とかあって色々まじで大変だったけど、なんだかんだゴリゴリ進めることができたのは花譜ノベライズがよほど楽しく書けたからだと思う。

 

 

4月

月の早い頃にAbemaの営業の方から連絡があり、ブログ開設を勧められる。なるほど……?

中旬にSFカーニバルとはるコンがあり、そこで初めて竹田人造さんや藍銅ツバメさんとmeetした。どっちも楽しい時間だったな〜。

また同じく中旬ごろ、幻冬舎よりパナソニックの案件短編の依頼が来た。非常にリッチな金額でまじでびびった。

 

 

5月

15日にメディアワークスの一稿を上げ、パナソニックの短編とNews picsの事前質問に対する回答に着手。

 

 

6月

メディアワークス新作「永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟」を入稿。パナソニックはなんか文字数が多すぎたので8000字を4000字にまで減らすという苦行をなんとか実行。

月末は高校の友達とかと会ったりしたり、株式会社anonから企業系短編の依頼が来たりした。

30日、そしてモンハンサンブレイクが届いてしまう。

 

 

7月

7月。旅行に行ったりしながら、花譜ノベライズを一旦仕上げる。

7日に小説すばるより、短編の依頼が届く。

月末、コロナに罹患。ついに僕もコロナになってしまった。

 

 

8月

8月はコロナ病棟からスタート。けれど、迅速な入院の決断と、新薬の投薬のおかげで、大事に至らず10日の隔離期間。モンハンやりまくり。この期間中は何をやっていたかというとあんまり記録がない。俺は何をやっていたんだ……!?(体をなおしていた)

中旬になると、前に付き合いのあった編集者さんから今度は小説すばる向けの中編の依頼が入り、すごいハッピー。あんなボロ雑巾みたいな文章書いてたこの僕が! 小説すばるに! 中編を載せられる世界線だったとは……!

後半は福島SF大会があり、「SFメーカー」というわけのわからんゲームをやったり、ゲンロン関係の人たちと「コア・コネクション」をやったりした。遠野よあけさん、榛見あきるさんらとだいぶ仲良くなれたのが嬉しかった!!!

月末は熊本のSF書店員の三瀬さんのスペースにお邪魔させてもらったりもして、充実した交流ができたという記憶。

 

 

9月

9月に入り、ハヤカワの新作の話を出さないとな〜ということでプロットを考え始める。

3日小説すばる依頼短編「サステナート314」の第二稿提出。

10日に「過去を喰らう」ノベライズの第二稿を提出。

13〜15日に株式会社anonに依頼された短編を一旦完成させ、

20〜28日に竹書房依頼のアンソロジーに出す短編の執筆を行った。新人アンソロは最速で出した案が却下されて、却下されることもあるということを知った。

そしたら30日にanonの依頼作がちょっと方向性違いますねということになり、報酬ちょっと割り増しにしてもらって書き直しムーブを。

 

 

10月

この月は主にズーーーーーーっとハヤカワ新作について考え続けていた。編集者と二人三脚で、プロットは5次まで書き直した。結構のこの期間はヤキモキしていて、面白いアイデアは腐るほどあるのに書き始められないってことの歯痒さを味わった。(もちろんアイデアだけでは商品にならないので、この時点で考えている面白さは机上の空論にすぎないのですが)

26日やっとハヤカワ新作を実作開始。

多分一番作家になってから「生産」できてない月だと思う。ただ、時間があった分、大学のサークル活動を手伝うことができたし、久々に作曲ソフトも開いた。販促グッツも作ることができたし、生産はできてないけど大学生として充実した月だった。

 

 

11月

上旬に文化祭があり、そこで本を手売りしまくった僕でした。色々な新しい繋がりもできて嬉しかったし、後輩の活躍とかも見れてとても幸せな三日間だった。だが嬉しかった代償として肉体は大きなダメージを負い、ここから始まった咳は12月になる今もまだ続いている。一旦はコロナさえ疑って通院したけれど、全くの陰性。肺炎もなし。咳が出始めると本当に止まりにくい体なんです。

そんな体調の中で、10月末から引き延ばしていた「ダールグレンラジオ」のzoom収録に参加させていただく。主に「タイポグラフィーやルビの中毒性」と「ゴミカスの西尾維新(になるな)」を熱弁。(熱弁としか言いようがない)咳を御するのがちょっと辛かったけど河野さんと去場さんの「知性」に触れ、沸きに沸いた。

全体を通してハヤカワ新作、冒頭を書いては消してを繰り返し。SF長編の冒頭ってさ〜〜〜ほんとにハードル高いって〜〜〜。

24日、テレビ東京の五分番組の撮影を受ける。

30日から三日間で、どこに出すわけでもない短編「元彼ゾンビdiy」を執筆。

 

 

12月

まず、来年の文フリに向け同人誌をやることを決め人集めを開始した。テーマはもう決まっている。そう「猫についての話」だ。「猫についての話」というタイトルにする。もう決めた! メディアワークス文庫の先輩作家にあたる紅玉いづきさんからいろはを教わったりなどし、同人について真面目に考え始めた年末だった。

細かくは以下に。

2日、動きのなかった『漫画原作』の話が進展。

8日、小説すばるの担当編集と江古田の珈琲館で話し、次の作品をあらかた決定。

15日、全体を通してハヤカワ新作。1/4をやっと書き終わり、執筆継続。

17日、ラジオムーンサイドの忘年会に参加。

24日テレビ東京「生きるを伝える」が放送「予定」。

 

 

そんなところかな〜。

もう今年は十分色々あったけど、来年はもっといろんなことがあるといいなと思っている。

今年一年、仲良くしてくれた皆さん、本とか買ってくれた皆さん、そしてブログをちょいちょい読んでくれた皆さん、ありがとうございました!

来年もよろしくな!!!