引き寄せ、という言葉を
初めて知ったのは、
たしか「人生をどうにかしたい」と
思っていた頃でした。
うまくいっている人を見るたびに、
自分も何かを変えれば
同じ場所に行けるんじゃないか。
そんな期待を、
どこかで抱いていた気がします。
本を読みました。
動画もたくさん観ました。
ポジティブでいよう。
イメージを鮮明に描こう。
言葉を変えれば、現実が変わる。
どれも、間違っていない。
実際、うまくいっている人も
たくさんいました。
だからこそ、
「まだ何か足りないんじゃないか」
という感覚が、
なかなか消えませんでした。
引き寄せを知りたくて、ずっと探していた
今思うと、
引き寄せを探している時というのは、
心が少し疲れていたのだと思います。
表では普通にしていても、
内側では
「このままで大丈夫かな」
そんな不安がありました。
何かを変えたくて。
少しでも楽になりたくて。
でも同時に、
「今の自分じゃダメだ」
という前提を
どこかで持っていた気がします。
だから、探し続けました。
もっと良い方法。
もっと早く結果が出る考え方。
気づけば、
引き寄せを
“今の現実を抜け出すための道具”
として使おうとしていました。
それが、
少しずつ苦しくなっていった
理由だったのかもしれません。
どれも間違っていなかったけれど、決定打じゃなかった
学んできたことは、
どれも無駄じゃありませんでした。
ポジティブ思考も、
言葉の力も、
イメージの大切さも。
役に立つ場面も、
たしかにありました。
でも、
「これさえあれば大丈夫」
と思えるものには
出会えませんでした。
頭では分かっているのに、
心がついてこない。
前向きな言葉を使っても、
どこか無理をしている感覚。
知らないうちに、
「ちゃんとできない自分」を
責める材料にしていたのかもしれません。
人生が一度、止まった瞬間
そんな時期に、
人生が一度、止まるような
出来事がありました。
これ以上、
頑張れないと感じた瞬間です。
前向きな言葉も、
未来のビジョンも、
正直どうでもよくなりました。
「もういいや」
そう思って、
全部いったん横に置きました。
引き寄せも、
目標も、
頑張る世界からも。
何気なく始めた「感謝」が残った
その中で、
なぜか「感謝」だけが残りました。
引き寄せのためでもなく、
運を良くするためでもなく。
ただ、
今日あったことを思い返して、
「助かったな」
「ありがたいな」
そう思えたことを
書いただけです。
無理に前向きになろうとも、
気分を上げようともしていません。
それなのに、
少しずつ
空気が変わっていきました。
気づいたら、空気が変わっていた
現実が
劇的に変わったわけではありません。
嫌なことも、
相変わらず起きます。
でも、
同じ出来事なのに、
しんどさが違う。
引きずらなくなっていました。
ポジティブになったというより、
ニュートラルに戻った感覚。
「良いことが増えた」というより、
「良いと感じる余白が増えた」
そんな感じでした。
引き寄せの正体は「状態」だった
ここで、
ひとつ分かったことがあります。
引き寄せは、
願いの技術じゃない。
心の状態でした。
欠けた状態から願うと、
人はずっと欠けたままになる。
感謝は、
何かを得るためにやるものじゃなく、
今ここに戻るためのもの。
だから、
流れが止まらなくなる。
なぜ「感謝」が最強だったのか
感謝は、
頑張らなくていい。
才能も、
知識もいらない。
今のまま、
その場でできる。
そして何より、
自分と戦わなくて済む。
嫌な気分があってもいい。
落ち込んでいてもいい。
その上で、
「それでも、これはありがたい」
そう言える余白が、
人生を優しくしてくれます。
それでも人生は、完璧にはならない
感謝を続けても、
人生は完璧になりません。
嫌なことは起きるし、
落ち込む日もあります。
でも、
戻れる場所ができました。
「それでも、今日ここまで来た」
この一言があるだけで、
立て直しが早くなります。
最後に伝えたいこと
引き寄せを探している人は、
真面目で、優しい人が多い。
ちゃんと生きようとしているから、
探してしまう。
でも、
もう足さなくていいのかもしれません。
前に進まなくてもいい。
戻ればいい。
人生を思い通りにする力より、
人生の中で
ちゃんと息ができる力。
引き寄せを探し続けて、
最後に残ったのは、
やっぱりこれでした。
「感謝」が最強だった。






