2026年8月8日(土)
アーモンドの「治療と仕事の両立日記」
第10章 今日も、生きている

【第一部・完結】

134歳で走った5キロ

2026年1月18日、地元で開かれたマラソン大会の朝。

5キロの部に、義父と二人でエントリーしていた。義父は82歳、私は52歳。

スタート前、義父がぽつりと言った。

「今まで自分よりも年上の高齢ランナーと話をしてきたが、自分の方が歳をとってしまった。」

私は笑って答えた。

「フルマラソンに出るとニュースになるかもしれませんが、体を壊しそうなので無理せず走ります。」

義父とは、最初から最後まで並んで走った。

5キロという距離は、話しながら走るのにちょうどよかった。

ゴールした瞬間、ふと頭に浮かんだ数字があった。

義父82歳、私52歳。

足すと、134歳になる。

平均しても67歳だ。

その二人が、同じ日に同じ距離を走りきった。

二人そろって完走できたことが、うれしかった。

私は義父に言った。

「二人とも完走できてよかった。まだこれからも走れることがわかった。」

肺腺癌(はいせんがん)ステージ4と診断されてから、1年と少し。

脳にも骨にもリンパ節にもあった腫瘍は、今はもうない。

それでも、走れるかどうかは、走ってみるまでわからなかった。

走れた。

それが全部だった。


娘の背中を見ていた朝

それから半年が過ぎた。

2026年7月、夏休みに入って最初の平日の朝。

娘の通う学校で、自然観察会の行事があった。

私も付き添いで参加し、娘と一緒にワンドに入った。

ワンドとは、川の本流とつながりながらも流れが穏やかな入り江のような場所だ。魚や昆虫、水草など、多くの生き物が暮らしている。

私は長靴を履き、水の際ぎりぎりのところにいた。

娘はサンダルばきで、迷いなくワンドの中心部まで進んでいった。

水の中をのぞきこんでは、何かを見つけて声をあげている。

私はその後ろ姿を、少し離れたところから見ていた。

特別な会話をしたわけではない。

ただ、朝の光の中で、娘の背中を見ていた。


今日も、生きている

マラソンの日から、この朝まで。

何も終わっていないし、何かが完成したわけでもない。

ローブレナを飲み続ける生活は変わらないし、次の検査も、また来る。

それでも、義父と並んで走った5キロも、

ワンドの中心部まで迷わず進んでいった娘の背中も、

どちらも同じ「今日」の中にあった出来事だ。

病気になって、人生が特別になったわけではないと思う。

ただ、当たり前だった一日一日が、当たり前ではないと気づいただけだ。

134歳で完走したことも、娘の背中を見ていたことも、

何かの教訓にするつもりはない。

ただ、

今日も、生きている。

それだけを、書き残しておきたかった。


以上、アーモンドからでした。

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読者への問い

もし今日という一日を、あとで思い出すとしたら、

あなたはどんな場面を覚えていたいですか。


今日のキーワード

134歳、ワンド、今日も、生きている


次回予告

この連載は、ここで一区切りとします。

また書きたいことができたときに、この場所に戻ってきます。

ここまで「ボクハ、イキタイ。」を歩いてくださり、本当にありがとうございました。