2026年6月6日(土)
アーモンドの「治療と仕事の両立日記」

夜ふけに目が覚めてしまった方へ、こんばんは。😊アーモンドです。

今日から、新しい連載を始めます。

タイトルは「ボクハ、イキタイ。」

肺がんステージ4になった当時51歳の地方公務員が、普通の暮らしを取り戻そうとした記録です。

奇跡の話ではありません。
克服の話でもありません。

朝起きて、仕事へ行き、家族と食卓を囲む。
それだけのことを、続けようとした話です。

第1回は、2024年11月のことから始めます。

🏥 診断の日

検査結果を聞いたのは、ひとりでした。

妻は仕事があり、一緒には来られなかった。診察室のイスに座って、医師の言葉を聞いていました。

「右下葉に肺腺がん(はいせんがん)があります。」

肺腺がんとは、肺の細胞ががん化したものの中でも最も多いタイプです。

でも、それだけではありませんでした。

「左右の肺、リンパ節、左小脳、背骨、骨盤にも転移(てんい)が確認されています。ステージ4です。」

転移(てんい)とは、がんが最初にできた場所から血液やリンパの流れに乗って、別の場所に広がることです。

ステージ4は、がんの進行度を示す最も高い段階です。

医師はさらに続けました。

「遺伝子検査の結果が出ていません。結果次第で、治療方針が変わります。」

遺伝子検査とは、がん細胞の中に特定の遺伝子の変化があるかどうかを調べる検査です。その結果によって、効果が期待できる薬が変わります。

つまり、その日はまだ、どんな治療をするかも決まっていない状態でした。

😮 恐怖は、なかった

不思議なことに、まず恐怖は来ませんでした。

正確に言うと、恐怖がなかったわけではありません。でも、恐怖よりも先に、別の感覚が来ました。

「やり残したことはたくさんある。でも、もう限界だった。思い残すことは、ない。」

そう思った瞬間、どこかほっとした感覚がありました。

張り詰めていた何かが、すとんと落ちたような。

そのとき、ふと頭に浮かんだのが、織田信長(おだのぶなが)の言葉でした。

「人間五十年(にんげんごじゅうねん)、下天の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり」

織田信長が好んだとされるこの一節は、「人の一生は50年、天上の世界の時間と比べれば夢や幻のようなものだ」という意味です。

信長は49歳(数え年)で亡くなりました。

ボクは51歳です。

「あ、信長より長く生きた。」

診察室でそう思いました。笑えるような、笑えないような話です。でも、そのときはなぜかそれが、すこしだけ心を軽くしてくれました。

🏠 家に帰って、妻に話した

その日の夜、家に帰りました。

当時、ボクは両声帯麻痺(りょうせいたいまひ)の状態でした。

両声帯麻痺とは、声を出すための声帯が両方とも動かなくなる状態です。声がかすれ、ほとんど出せません。ささやき声のようなものしか出なかった。

その声で、妻に伝えました。

「肺だけじゃなかった。左右の肺、リンパ節、左小脳、背骨、骨盤にも転移している。ステージ4だ。遺伝子検査の結果待ちで、まだ治療が決まっていない。」

妻が何と言ったか、正確には覚えていません。

ただ、泣かなかった。ボクも泣かなかった。

ふたりで、しばらく黙っていたような気がします。

でも記憶はあいまいです。人間は、大きな出来事があったとき、細部を記憶から消すことがある。それが脳の自然な働きだと、後から知りました。

🚲 翌日、仕事に行った

翌朝、仕事に行きました。

「休みます」とは言えませんでした。正確に言うと、言う理由がわかりませんでした。体は動く。痛みがあるわけでもない。遺伝子検査の結果はまだ出ていない。

だから、行きました。

午前中、仕事をしていると、電話がかかってきました。

「遺伝子検査の結果が出ました。ALK融合遺伝子(えーえるけーゆうごういでんし)陽性です。」

ALK融合遺伝子陽性(ようせい)とは、ALKという遺伝子が異常な形で結合し、がん細胞を増殖させ続けているタイプのことです。肺腺がん全体の中では約3〜5%と比較的まれですが、分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)という専用の薬が存在します。

分子標的薬とは、がん細胞の特定の目印だけをねらって攻撃する薬です。正常な細胞へのダメージが、抗がん剤より少ないとされています。

電話が続きました。

「明日の朝、診察してください。午後から入院の準備をしてください。」

「わかりました」と答えて、電話を切りました。

仕事の続きをしました。

📋 この記録を残す理由

あれから1年半が経ちました。

今、ボクは往復16kmを自転車で通勤しています。


仕事も続いています。


家族と食卓を囲んでいます。


脳転移は画像上で見えなくなりました。


骨転移も落ち着いています。


声も戻りました。


ただ、治療は今も続いています。


主治医は言いました。


「消えたというより、見えなくなっている状態ですね」


だから、この物語は「治った話」ではありません。


治療を続けながら、仕事を続けながら、家族との暮らしを続けている話です。


この1年半に何があったのか。


何を考え、何を選び、何を手放し、何を守ろうとしたのか。


それを、この連載に残していきます。


奇跡ではありません。


ただの記録です。


でも、もし今、


病気と向き合いながら働いている方、


家族のことを考えて眠れない夜を過ごしている方がいるなら、


この記録が少しだけ役に立つかもしれません。


以上、アーモンドからでした。


あなたが人生で「もう限界だ」と感じたとき、どんな言葉が支えになりましたか。🌙


今日のキーワード


#肺腺がん#ステージ4#ALK陽性#両声帯麻痺#治療と仕事の両立#ボクハイキタイ


次回予告


第2章「ローブレナとの出会い」


入院初日。


人生を大きく変える薬との出会いがありました。


ただ、そのときのボクは、まだ何も変わった気がしていませんでした。