今日は私が離島に来たきっかけついてお話ししたいと思います。
離島を知ったのは、テレビでDrコトー診療所を見たことがきっかけです。
そして学生時代には過疎地域や限界集落と言われる地域に興味を持ち、“いずれは”そういう地域で本当に困っている方々に寄り添う仕事がしたいと考えていました。
しかし、骨肉腫になったことによって当たり前に過ごしていた毎日が大切な日々であることに気付き、いずれはではなく、やりたいと思った時にやりたいことをしよう!という考え方に変わりました。
考え方は変わりましたが、転職するにあたっては一つ不安がありました。
それは、がんのことを話すかどうかということでした。
治療は終わりましたが現在経過観察中のため、今でも定期的に病院へ受診しています。
検査や外来のためにお仕事を休む必要があり、隠すことは出来ないと思っていました。
その一方で、がんになったこと、足に少しハンディキャップを抱えていることを正直に、そしてうまく話すことができるのか、話すことで不採用になるかもしれないと考えていました。
結局、受診のことはもちろんハンディキャップを乗り越えるためには周囲の理解も必要だったため、履歴書の記載から面接でもお伝えしました。
今は周りの方々の理解もあり、普通に生活することができています。
普通に生活できるということは4年前の私にとって全く想像していなかったことでした。
がんにならなければ今頃どんなことをしていたのか?と仕事のことや恋愛のことなど考えてしまいます。
しかし、がんになったからこそ気づいたこと、見えたことがたくさんあります。
離島の福祉を知るために移住したのもがんがきっかけになっています。
がんにならなければ、離島へ行く決断はきっとできなかったと思います。
やりたいことができている今、本当に幸せだと感じています。
これからも自分のやりたいことを大切に、がんとともに生きていきたいと思います。
読んでいただきありがとうございました。
利島村に来た理由はまた次にお話ししたいと思います。
