チャレンジ精神の表現であるところのチャレンジ製品。
任天堂は数々のチャレンジ製品を発売してきた。
それは,異質な製品を世に出すことで,市場をもって実験を図る試みである。
今回,おそらく成功して軌道に乗せたと言って良いであろうニンテンドーDSも
インターフェースをスタイラスに持ち替えた,紛れもない実験的なチャレンジ製品であった。
しかし,数々のチャレンジの中で,ニンテンドーDSが成功を収めつつある理由はなんだろうか。
過去のチャレンジ製品群から検証してみたい。
なお,ここではあえて,一番売れたハードを基準にして時系列を組んでみた。
(チャレンジ製品は,特に異質だと思われる製品を取り上げています。→印は同時期ハード)
■ファミコン期 →PCエンジン,メガドライブなど
ファミリーベーシック
>FC用キーボード型インターフェースと簡単なプログラミングや音楽,計算ソフトのセット。
当時としては,ゲーム機=コンピュータだったので,当然の流れの発想だったが
プレイヤーにゲームを作らせるのは異質な発想と言える。
ロボット
>テレビから発せられる光を検出して実際にゲームに連動して動くロボット。
対応ソフトは2つのみだが,玩具とゲームの合成をなした異質な製品。
ディスクシステム
>FC用ディスクドライブ。契約店舗にディスクライターを設置,
書き換えによってソフトを安価にできる一方,
容量がROMよりも多いのが特徴。大容量への需要から,好調に。
後に大容量ROMが安価になったことにより,その役目を終える。
■スーパーファミコン期 →ネオジオなど
スーパースコープ,マウス
>SFC用周辺機器。スーパースコープは光線銃。それぞれ対応ソフト向けに発売。
マウスはそれなりに成功を収めたが,後続ソフトが続かず。
スーパースコープは,発売当時から評判が悪く,映画とタイアップするも共倒れ。
サテラビュー
>SFC用衛星データ放送対応アダプタ。有名人を起用したラジオ番組とゲームの組み合わせで
持続的なゲームの利用を目的として発売。スポンサーが少なかったこと,加入手続きなど
により滑り出しに失敗したこと,SFCの老年期であったことにより,
放送自体は何年か続いたが,途中で任天堂はスポンサーを降りている。
バーチャルボーイ
>単色立体視32bit機。世間が重厚長大の流れにあったこと,スタイルがかっこよくないこと,
ゲームの面白さが伝わりにくいなどの理由で,ソフトも少なく,すぐに引き上げられる。
横井軍平氏のアイディアハード。
■プレイステーション期 →セガサターン,ニンテンドウ64,3DO,ドリームキャストなど
ニンテンドウパワー
>SFC,GB向け書き換えシステム。ローソンの端末でソフトを書き換えて何度も使用できる。
当時過熱化していた中古問題の解決策として講じられた新しい流通スタイルだが,
もともとCD-ROMの時代でメディアが安価になっていたこと,書き換え自体は
店員が行うので時間がかかっていたことなどから,メリットを感じられず,
早々にサービス終了に追い込まれた。
64DD
>ネット接続可能な64用ディスクドライブ。運営自体を出資会社のランドネットDDに任せる。
ハード自体は完成していたものの,投入時期を逃したために,やむなくネット接続の
会員サービスとしてスタート。会員のコミュニティとして役立ったが
少数のソフトを発売しただけで,ディスクの良さをほとんど活かせず,
ランドネットDD社自体が終了。
モバイルシステムGB
>GB向けオンライン接続機器。プロバイダに改めて加入しないと接続できないことや
対応ソフトの少なさにより,サービス終了。しかし,モバイルでネット接続サービス
を運営していく障害や難しさを経験したと思われる。
■PS2期 →ゲームキューブ,XBOXなど
ニンテンドーDS
レボリューション?
上記の説明に偏りがややあるのはご容赦いただきたい。
1)まず,バーチャルボーイ,サテラビューに注目していただきたい。
これらは,次世代機の発売直前ということで,共に影が薄れた印象があった。
つまり外的要因である競合機の問題である。
2)次に,サテラビュー,64DD,モバイルGB,ニンテンドウパワー,
これらは手続きがややこしく,魅力的なソフトも少なかったため,ユーザーを遠ざける。
マーケティングが反映されていないという内的要因の問題である。
3)そして,引き際の問題。例えばバーチャルボーイ,64DD,モバイルGB,スコープは
失敗と決定した時点で,すぐに後続ソフトの発売やサービスをやめ,コストを抑えた。
この中で成功した例としてディスクシステムを挙げたが,これは開発側やユーザーの
需要を反映して発売した。マーケティングと関連する。また,その時力を持っていなかった
競合機の問題は,捨象できた。そして,出荷がそこそこ好調だったため,持続して開発した。
ニンテンドーDSはどうだろう。
マーケティングについて。
開発費の高騰問題で,アイディア勝負の開発を望んでいる開発者もいたが,
それより,魅力的なコンテンツを提示できたことが大きい。
そして,発売後の販促を何より重視した。
すなわち,ソフトを年齢等問わず,様々な人に初体験してもらう機会を設けた。
これらは,潜在的な需要を発掘したと言える。これは任天堂の発表どおりである。
競合機である,PSPの発売時期に比べて,一足早めに発売した。
外的要因を異質な製品の話題性によって制御することができた。
好調な出足を見て,主力ハードとして,ソフト開発を進めているのは言うまでもない事実である。
そのほか,既存ハードを維持しようとしたニンテンドウパワーやサテラビューは失敗したが
ゲームボーイアドバンスは,低迷せずにSPやミクロの話題性で切り抜けた。
これは,ゲームボーイ20周年やマリオ20周年でブランド作りをしたことが関係している。
なるほど,確かに,成功要因を多く含んでいる。
今回特に注目すべきは,競合機を抑えることに成功したという事実と
発売後のマーケティング,フィードバック,そして主力ハードへの位置づけ,と
チャレンジ製品でありながら,チャレンジとは思えないコストを投じていることにある。
つまり,今までのチャレンジ製品は,チャレンジであるが故に,
それなりのマーケティングや販促や開発しか行わなかった経緯があったが,
DSは,次世代機とも競合機とも重ならない時期であったために
任天堂全体としてDSに注力できたことと,話題性が集まったこと,
そして,注力できたことにより,チャンスを逃さず投入でき,フィードバックも活かせた。
この教訓は,次のようなことではないか。
新しいゲーム需要を掘り起こすというポリシーのもとに,
任天堂全体がチャレンジ製品に注力することで,チャレンジ企業となる。
そのことが,製品を生かすために重要なポイントなのではないか。
山内氏の,面白いものを作ればユーザーはついてくる,というのは間違いではない。
しかし,面白いものを作るためには,本気でやらなければならないのも事実だ。
任天堂のコアコンピタンスは,もともと「面白い変わったおもちゃ」を作ることだと思う。
「面白い変わったおもちゃ」=チャレンジ製品なのではないか。
このコンピタンスにしたがっていないゲームキューブは,会社全体で取り組んだが,
成功したとは言えない。ニンテンドウ64も,簡単にマネされることをやったという意味では
変わったおもちゃを作ったとは言えないだろう。
DSのような,一見,成功するかな?と思われるようなハードは誰もマネをしない。
そのようなチャレンジ製品のマネをするのはリスクが高いからだ。
かといって,保守的になってチャレンジに消極的にしか投資しないのは
大企業になった任天堂の負の部分だったと思う。
その負の部分を払拭し,チャレンジ製品に会社全体で注力するポリシーを
はっきりと身につけた今は,選択と集中が終わった,リストラ後の企業のようである。
それは次世代機のレボリューションのコントローラを変な形にしたことにも表れている。
会社全体で注力して失敗したらどうするつもりなのか?
そこは,運を天に任せる企業なのだから,どんどんチャレンジしてもらいたいと思う。
参考URL
#ゲーム機発売年表 (鷹月ぐみな情報局)
#任天堂 - Wikipedia (Wikipedia)