『かまいたちの夜』(SFC)を久しぶりにやった。
いや,正確にはほとんど初めてやったのだ。
発売当時に少しだけやったが,ミステリーや推理に興味がなく
いまいちのめり込めずに,「大阪で就職」して終わった。
今改めてやってみると,こんなに面白いゲームだったのか,と気づいた。
なぜ面白いのかを考えた。
既に語り尽くされたことかもしれないが,あえて自分の言葉で語りたい。
それは,実際に自分が殺されるかもしれない,という恐怖感だ。
この恐怖感は,本当の小説では表現できない。
なぜなら小説の主人公が死ぬなんてことは到底ありえないし
ページ数で,あとどのくらい話があるのか分かる。
何よりも,バッドエンディングとグッドエンディングと複数の終わり方があって
終わり方は,自分の選択しだいだ,ということだ。
これは当たり前のことなのだが,よく考えてみれば
やっぱり本当の小説では,筋書きをなぞっていくだけだが
このサウンドノベルというやつは,本当の結末はグッドエンディングということが分かっている
にもかかわらず,それでも自分が死ぬ可能性をも提供してくれるのだ。
そして,それは自分の行動しだいなのだから,小説の主人公は自分だ。
だからこそ,本当に自分が閉じ込められたペンションで殺人事件に巻き込まれる恐さを
”体験”することができるのだ。
そこにあるのが”文字”と想像を助ける簡単な背景画であるにもかかわらず。
文字だけなのに,小説と同じ文字だけなのに
選択の自由を与えるというこの「主人公=自分」化こそがゲームの基本であって
だからこそ,ゲームは面白いのだといえる。
そこにあるものが,壮大で美麗なグラフィックであっても,映画なら所詮他人事は他人事だ。
だから,映画は,主人公に観客が同化できるように
よくあるシチュエーションを用いたり,感情移入しやすい設定やシーンを作るのだろう。
例えば,恋愛や離別なんかは誰にも想定しうる状況だし
宇宙を舞台にした戦争でも,組織対組織の争いで活躍したいと思うことは誰しもある。
なんらかの状況がわれわれを主人公にさせるのだ。
ゲームは,それを「選択肢を与える」というシステムだけで主人公にならせる。
それはすごいテクニックだ。
だから,時に,壮大で美麗なグラフィックでも,ストーリーは完全に異世界というゲームもある。
異世界で,勧善懲悪で,ただ目的のものをひたすらに集めて,悪の根源を討伐する。
こんなストーリーは,本当は感情移入できない。
(映画でも時々あるが,それはその過程にドラマを織り込むからだ)
このようなストーリーがワクワクを我々に与えてくれるのは,行動の選択肢があるからだ。
選択肢のないつまらないストーリーなら
壮大で美麗なグラフィックであってもいらない。
ゲームをもとにした映画がなかなかうまく行かない原因のひとつだろう。
つまらないストーリーのゲームのストーリーをなぞった映画は
あまりにもつまらない子供だましだ。
そういう映画は,そのゲームのファンしか見ない。
(もちろん,ストーリーが練りこまれたゲームの映画化を否定はしない)
我々がゲームに求めているもの,
それは美麗なグラフィックのムービーを見ることじゃなくて
主人公=自分であるゲームの中でわくわくすること,そういうことだと,本気で思う。