マリオがスーパーマリオになるジングル,

コントローラーと音だけで表現する『スーパーマリオブラザーズ』,

そして,コントローラーがゲームボーイミクロに変わる,など。

いいと思います。

プロモーション上手いんじゃないか,と思います。


誰だって,あの音を聞けば,あのときプレイしたあの画面が頭に浮かぶし

ついつい懐かしい思い出に浸ってしまいます。

あのとき,誰もが同じように同じゲームで同じ場面を通過して同じ感動を得たのです。


そう,我々にとって,あれはあのときの思い出であって

それ以上の何物でもありません。


今はいいです。

マリオの思い出を共有できるユーザーが数多くいて,

その人たちは,ちょうど,お金を自由に使えるようになっていて

思い出を購入する楽しみを持つことが出来ます。


じゃあ,今からさらに20年後,40年後,

浸れる思い出は,マリオやファミコンにあるのでしょうか。

それは任天堂側にあるのでしょうか。

ソニー側かもしれません。プレイステーションの思い出かもしれないのです。


昔の財産を活用する戦略はいいです。

なぜなら,興味を抱かせるし,イメージを良くするからです。

でも興味を抱いたあとが何もない。


新ハードは,旧ハードのエミュレーション機器になり下がっていいのでしょうか。

新ハードは,旧ハードユーザーの若い大人世代をターゲットにしたハードですか?

5歳~95歳をターゲットにするというなら,20代30代だけに昔の思い出を提供するのではなく,

それ以外の世代にアプローチする,新しい遊びを開発しなければならない。


だけど,開発能力の低下は,本当に憂うべきことです。

やりたいと思える,わくわくさせるゲームが本当に出てこない。

確かに,ヒットはありました。特にDSにおいては,斬新なソフトがありました。

しかし,ファミコン時代というのはそもそも出るソフトすべてに思い出があった,そう思います。


アイディアの枯渇問題から,資本集中問題までゲーム産業の抱える問題はありますが

現在の状況は本当に危険です。

アタリの件では,ソフトの粗製濫造と言いましたが,

粗製濫造されていないにも関わらず,いまいちプラスイメージの抱けない現在。


確かに大企業化したメーカーで,クリエイティブな環境を維持することが大変なのですが

開発者の顔が見えなくなっていては,非常に未来は暗いと思います。

エレクトロプランクトンのイベントで,岩井俊雄氏も

開発者がもっと前面に出ていいという旨の発言をしていましたが,納得できる気がします。