いま、巷を賑わせている「体罰」について、
少し書いてみようと思います
。以前、見ていたテレビで、
(テレビから得る情報って、何気に大きいですね…
)スウェーデンの子育てのあり方が、紹介されていました。
スウェーデンは、世界で初めて、体罰禁止の法律が制定された国で、
今では、世界で、30カ国以上で制定されているとか
。スウェーデンでは、
家庭内での虐待死事件をきっかけに、
世論が動き、
1979年に、法律の制定に至ったそうで、
いまでは、体罰に対する親の意識も、
以前に比べて、大きく変わったそうです
。当時の世論を大きく動かしたひとつに、
絵本 「なが靴下のピッピ」 の作家、アストリッド・リンドグレーンさんの、
こんな言葉があったそうです
。

「…わたしたちは人類という生物のなかに何か構造的な誤りがあるのではないかと自分自身に
問うべきではないでしょうか。
なぜかといえば、わたしたちはいつも暴力に訴えてきたのですから。
わたしたちは自分の攻撃性のために破滅することになっているのでしょうか。
わたしたちはとにもかくにも平和を望んでいます。…
…知性や理解力は生まれつきのものですが、生まれたばかりの子どもには自動的に悪になったり
善になったりするタネがあるわけではありません。
子どもが温かく、心が広く、理解力に富み、連帯力を持った人間に育つか、
あるいは、心の冷たい、破壊的な一匹オオカミに育つかどうかは、
世界でその子どもを受け入れ、愛が何かを教えるかどうか、または、愛とはなにかを
示すことができるかどうかによるのです。
愛するものからのみ、あらゆることを学ぶというのはゲーテの言葉です。……。」

引用は、こちらのブログから、お借りしてきました。
→ 「ママリングス」 さん
スウェーデンの子育てについて書かれた、素敵なブログです
。ありがとうございます
。個人的には、
愛するものからも、愛に見えないものからも、
学びがあると思いますが
、私たちが目指しているものは、
「平和」であることには、
変わりがないと思います
。「平和」を目指すために、
暴力は必要なのか…
と言うのは、難しいテーマですが…。
暴力だけでなく、
言葉による暴力、威圧は、
子どもの心を深く傷つけることは、
わたしだけでなく、
おそらく、皆さんが、
子どもの頃から、経験したことではないでしょうか
。それでも、大人になって、
立場が変わると、
それは必要なことと感じて、
同じことをしてしまう…
わたしも、そうでした
。スピを学んでから、
だいぶ、見る目線が変わりましたが…
わんこの躾も同じです
。我が家にわんこを飼い始めたとき、
もう7ヶ月になっていたのと、
きかん気の強いわんこで、
手を焼き、
ネットで、いろんな犬のしつけ方情報を、調べました。
そうしたら、
千差万別…
厳しく躾けるやり方、
叱らないやりかた、
いろいろありました。
プロのトレーナーの方でも、こんなにやり方が違うものかと…

さて、息子は、いま、
自立心が出てきたところで、
難しい年頃になってきたようです。
母親のわたしに言われると、
途端に、やる気を失うようなので
、自主性に任せています。
やりたいことをやればいいし、
やりたくないことは、やらなくていい。
塾には行っていませんが、
宿題は、自主的にやっています。
以前は、朝早く起きてやったり、
学校で、やって来たり。
できたら、学校から帰ってきたら、
寝るまで、宿題はしたくはないようですが
、そうもいかないときは、
寝る前にやったりしています。
寝る時間も、推奨時刻はありますが、
お任せです。
ゲームも、テレビも、
以前は、「何分」とか決めていましたが、
それも、ありません。
「明るく、素直で、のびのびと。
マイペースで、他の子が悪いことをしていても、
加わったりしません。」
と、面談のときに、担任の先生から、言って頂きましたよ
。勉強は差し置いてですが…

「この子は、そのうち、伸びますよ」
と、ありがたいお言葉を頂きました。
(親ばかですね~
)いまは、そんなですが、
以前、小学校に入ったばかりの頃は、
5つくらい習い事をしていて、
毎日しっかり遊んでと、
息子もわたしも、頑張っていました
。それなりに充実していたのですが、
子どもに疲れが出てきたのを、感じて…
そして、ちょうどわたしもスピを知り始めた頃で、
「やめたいのは、みんなやめていいよ」
と、言うと、
「がっこう」 と…。
「それはできないけど…
」息子の気の進まなかった、
スポーツ系と、お勉強系の習い事を、やめました。
そして、「続けたい」 と言った、
絵の教室と、実験教室は、
いまも、続けています
。顔つきも、変わりました。
以前の写真や、ビデオを見ると、
キツイ顔をしていたなぁと、
感じます。
息子も、
きっと、わたしも…
。厳しく躾けることが、
親の務めと、
思っていた頃も、ありました。
いま思うのは、
小さくてまだ分からないうちは、
親が上手に、それを交わしてあげて、
わかるようになってきたら、
少しずつ、自主性に任せていく
そして、気づいたら、
だんだん大人になっていくんじゃないかなぁと
。さまざまなやり方があって、
体験する道もいろいろでしょうし、
あくまでも、わたしの場合ですが…
強制や、威圧が、そこに入ると、
少なからず、
歪みやひずみが生まれるように、感じます。
それを使わず、
ときには、助言をし、
ときには、見守り、
子どもと共に成長する
そこに、子育ての醍醐味(学び)があると…

なんて、言いながら、
この間も、息子とケンカしていた私です…

アハハ
「雨降って地固まる」
と言いますから、
親子の間に、どんな体験があってもいいんだと思います
。すべてを通って、
気づいたら、また新しい考え方を手にしている

そんなことかも、しれません。
そう言う意味では、
体罰も、
ひとつの通過点かもしれません…。
今回の事件は、
代償は大きかったですが、
私たちに、大きな問いかけを投げかけてくれました。
心からの感謝をお送りするとともに、
ご冥福をお祈りいたします
。さて、最後に、
息子が絵の先生から頂いた、
素敵な言葉を…

「何者にも捕らわれずに描いた君の勇気に乾杯だ。
この自由な感性がこれからの君の人生の
大きな力になってくれることでしょう。」

「褒めて育てる」を実践されている、
素敵な絵の先生のブログは、こちら

→ 自分の絵を描かないで誰の絵を描くの?
いまの自分のすべてと、
愛する子ども達を、
「あるがままでいいよ」
と、抱きしめて…


(今年の書初めから…
)今日も、ここまで、ありがとうございます
。