【千の龍になって、あの大きな海を】
にむの体験談どうでしたでしょうか? (#⌒∇⌒#)ゞ
5位から2位までを、悲喜こもごも 書き綴ってみました。
この他にも、まだまだありますが、正直 「書けない!」
内容が多々あり、今回は都合上消去せざるおえません。
(保育園 ○焼 事件などなど・・・)
豊後の島に生まれ、山海に囲まれた土佐で育ち、自然を密に触れて、はや30数年
ワタシの成長を語るうえで、はぶきようのない存在が
父 です。
それでは ・・・・・・・ 『こわ~い経験第1位!』
★ ワタシの父は生粋の漁師である。
もともとは大分県の保戸島
(クリック)というちっぽけな島で漁師をしていたが、
島での漁では飽き足らず、家族をひき連れ、流れ流れて 高知県土佐清水市
(クリック)
ワタシはまだ2歳だった。
間違いなくワタシの恐怖体験はその時より始まっていた・・・・
島から土佐清水までの移動は
もちろん船! ( ノ ̄∇ ̄)ノ
それも父の漁船!!
γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ
引越しの荷物を山ほど積み、移動に8時間
加えて
大波で母・姉・兄 撃沈![]()
船酔いで起き上がることすらできなかった。
2歳のワタシ、船のうえをゴロゴロガンガン転げ回り意識モウロウ (w_-;
母はその時、すでに船酔いで気絶寸前、
そのとき父は・・・
熱唱中!(無類のサブちゃんファン)
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★ 小学1年の夏 初めての水泳大会
ワタシの番・・・・ ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ
ヨーイスタート!
ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく。。。。~~(m´ρ`)m
距離5メートル A=´、`=)ゞ
ま~ったく泳げなかった。
まぁまだ小学1年生 そんなに気にもしていなかった。
時は流れて、その年の暮れ
にむ父 : 「シュウ! ちょっと来い! ヾ(▼ヘ▼;) 」
にむ : 「ん? なになに? (^ε^) 」
父に連れられ、漁港へ向かう。 なぜか父の手には水中眼鏡と錆びた包丁が・・・・
父の船に乗せられ、引っ張られるように船の後ろ側へ
にむ父 : 「パンツになれ! ヾ(▼ヘ▼;) 」
にむ : 「?????? ヽ((◎д◎ ))ゝ 」
年の瀬も押し迫ったこの寒い日に、な~にを言うんじゃと反抗するが、
逃げれるわけもなく、あっという間に黄色いシミのついたパンツいっちょうに・・・
そして、水中眼鏡を着けられ、右手に自分の顔よりもデカイ包丁を持たされた。
にむ父 : 「ペラに綱が絡まっちょるけ~
潜って取ってこい! ( ̄∩ ̄# 」
にむ : 「!!!!!!」
船のプロペラには、しばしばロープなどが絡みつく、それを包丁で切って取れというのだ。
確認しておくが、ここは漁港である、プールではない。
水深はゆうに10メートルはあるだろう。そしてワタシは泳げない。
にむ父 : 「いっつも足がつく、浅いところで
泳ぐけぇ~ 泳げんのじゃ ( ̄へ  ̄ 凸 」
はっきり言ってとんでもない理屈である。
にむ父 : 「俺が船の上から見よるんじゃけ~
安心せ~ (  ̄っ ̄) 」
プロペラは船の底に着いている。上にいてはなにも見えない。
そう私が沈んだとしても・・・
この段階で、スキを見てなんとか逃げようと思っていた。
タタタタタタタタタッ.......⌒(; ゜)⌒スタコラサッサ
にむ父 : 「お!そうそう
取ってきたら5,000円やるぞ 」
にむ : (☆o☆)キラ~ン
「やるっ!」
この時代100万あれば家が建つと思っていた子供に、5,000円は大金である。
にむ心 : 「やったー!! 超合金のグレンダイザーが買える~!!」
そして、あれよあれよと海に放りこまれ、気がついた時には潜っていた。
それから毎年・・・・年の瀬になると父に呼ばれ、
プロペラに絡まったロープやゴミを取っていた。
1回5,000円で・・・・・![]()
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★ 父は漁だけではなく、料理も得意だった。
しかし料理は自分が気が向いたときだけ作る。 (・・;)
その中でも鍋は自慢だったらしく、本当にとてもおいしかった。
しかし!
食べる前に決まってこう言うのだ・・・・
(口の切れ目を指差し)
にむ父 : 「この辺りがピリピリ痺れてきたら、
もう食べられんぞ (  ̄っ ̄) 」
いったいこの意味はなんだったんだろうか? ( ̄_ ̄ i)
ときどき風船のように膨らむ魚を獲ってきてはいたが・・・
そうそう、我が家でのステーキとは、
小学3年生まで
「うみ○め」 でした。 ((゚m゚;)
ステーキと思いこまされ食べると、ヒレの亀甲模様がなぜか
網焼きの模様に見えるから不思議
味は・・・・・まぁ ご想像にお任せします。
しかぁ~し、難点が一つ!!
翌日の朝、体がものすご~っく臭う!!!
えっ!? どんな臭いかって?
それを食べた翌日、学校へ行くと必ず隣の教室から
「カメくさっ!!」
っと声が聞こえてきます。
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★ ワタシの生まれた島は、魚介類が豊富で、特にアワビやサザエは比較的浅い場所でも獲ることができた。
小学4年の夏 生まれて初めて自分の足の裏より大きい黒アワビを獲り、
有頂天になって父へ見せびらかした。
にむ父 : 「ほぉー こりゃぁ 太い!
ヾ( ̄0 ̄;ノ 」
父も大変喜んでくれ、ワタシもかなり天狗になっていた。
o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪
泳ぎ疲れたこともあり、晩飯に食べるアワビの刺身を夢に見ながらウトウト昼寝。
Zzz…(*´?`*)。o○
目を覚ますと父がいない。母に聞くと近くの堤防に行ったとのこと
すぐにワタシも行ってみることに・・・・
いたいた! 珍しく堤防で竿を出して釣りをしている。
にむ : 「なに釣るがで~?」
にむ父 : 「おっ!起きたかぁ
見よれぇ 俺がイシダイ釣るけぇ~の~」
今も昔もイシダイは幻の魚、目を凝らすと足元の深い所になにか見える。
にむ : 「うん! 釣ってよー!! 今日はアワビとイシダイの刺身でぇ~」
にむ父 : 「・・・・・・・・・・・・」
ワクワクしながら父の釣りを見ていたが、さすがになかなか釣れない。
ふと父の傍らに置かれた、虹色の皿に目
がいった。。。。。
にむ : 「・・・・・・ 父ちゃん それナニ? (゚_゚i) 」
にむ父 : 「ん? エサよ!
イシダイにはこれが一番ええんじゃ
( ̄ー ̄)v 」
見間違うはずもないほどの立派な貝殻が、そこには転がっていた。
「そう! ワタシが獲ってきたアワビをエサにしていた!!」
そして、うろたえるワタシを無視しし、父は惜しげもなくエサを付け替え
あっという間に 「 (/_;)/~~~~」
結局、イシダイすら釣れず近所のおばちゃんにもらったアジだけがバケツの中で跳ねていた。
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★ 父は生粋の漁師だが、怒ったところはあまり見たことがない。
元来無口でいつでも怒っているようには見えるのだが・・・・・・
しかしそこは漁師!
頑固で、我がまままで、意固地である。
ワタシも高校生になり、この頃は海よりもバイクに夢中になっていた。
それを知ってか知らずか、自転車にも乗れない父はあまりいいように思っていなかったようだ。
ワタシはスクーターでは飽き足らず、先輩からもらった壊れたYAMAHA-TZRを
せっせと直し乗れるのを楽しみにしていた。 ![]()
そんなある日、帰ってみるとバイクが無い! ![]()
どこを探しても、誰に聞いてもわからない!!
にむ : 「どこぞのボケがーっ 盗っていったな~!!」
ゴ━━ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛Σ(ノ´Д`)ノ━━ルァ!!
体中から怒りの爆煙が噴出していた。![]()
そこへ・・・・
にむ父 : 「バイクかぁ?
俺が通るのに邪魔じゃぁーけー 沖に捨てたぞ」
にむ : 「はぁぁぁぁ???」
なんと、父が漁へ行こうとしたとき、ワタシのバイクに足が当たり転んだらしい、
それに腹を立て、そのまま港まで運び、船に乗せ沖まで運び捨ててきたというのだ。
こみ上げてくる怒りに我を見失いそうになったが、
我が家の絶対権力である父には逆らうこともできず
(/TДT)/
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★ 月日は流れて、2005年 あんなに元気だった父も病には勝てず、
最後の最後まで自分勝手に生きて、母に抱かれながらあっさり亡くなった。
島の高名な坊さんから、あの世でも好きな海で、好き勝手に暴れてろとばかりに、「海龍院」なる大そうな戒名をいただき、きっと今でも好きな漁をしているはず。
最近自覚するようになったことは、自分が「頑固で、我がままで、意固地だな~」ってこと・・・・・・
つくづく、いたるところで父に似てきた自分をかえりみる。
ワタシはみんなから「すぐムチャをする。」と言われるが、
父も海が荒れて誰も漁には出ないときにかぎって、一人船を出していた。
そんな父を支えてきた母は、そのたび寝ずに帰りを待っていた。
漁師仲間からは、「シュウの父ちゃんみたいな漁をしよったら、命がいくつあっても足らんぞ」とまで言われていた。
無口で頑固だが、人に頼られると断れず、手間ばかりで儲けもないのに、釣った魚を生きたまま市場に卸していた。
日課は食事の前に飲む日本酒、それも一升瓶をラッパ飲み
そして酔うと必ずワタシに言っていたこの言葉
「男は根性じゃぁ!
根性出して人より一歩でも前に出えぇ~」
この父のおかげか、幾分か色々な経験をして今日がある。
これからも、父の教えは脈々とワタシに受け継がれて、さらに経験を積んでいくことだろうと思う。
知らず知らずのうちにもたれかかっていた、
大きな背もたれが無くなり、初めて自分の足で歩き始めたときに改めて想う
「父の大きさと強さ。」
誇りに想える偉大な父
そんな父の息子で本当によかったと、今まさに心からそう想う。
PS.父の息子として生まれてきたときから、ワタシの心には、「根性」が装備されている。
(たぶん。。。。)
