にのあいです



相葉さんは今度はあちこちからスマホで俺の足を撮ってる。
20年一緒にいるけどこんなにニノの足見るの初めてじゃない?なんて笑う。
…20年。
俺の心を読まれたみたいでドキッとした。
ただ、俺の20年と相葉さんの20年は重さが全然違いますけどね。
「ふふ、そうだね」
「でもやっぱちゃんと採寸しないとさあ。せっかくなんだからシンデレラフィット?でプレゼントしたいじゃん?」
「そうね。毎回サイズ合わないってのもちょっとね」
「くふふ、今回は大丈夫だから。任せて」

そりゃこんな革靴、最高に決まってるじゃん。
相葉さんがいいって言うんだし、こんな手間かけてんだから。
だけど、最高に履きたくない。
だってそんなの、相葉さんに優しくされるその他大勢そのものだからね。
かく言う俺も。
ついこの間までは、それこそサイズが少しくらい小さくたってなんだって、毎日相葉さんにもらったスニーカーを履いてた。
相葉さんが選んでくれたってだけで馬鹿みたいに喜んでたからね俺は。
この靴だって、いつもみたいに履き散らかしてやったら、あなたも喜んでくれるんだろうね。
こんなこというと贅沢だなあって。
自分でも思うけど。
俺に気軽に優しくしないでよ。
俺をその他大勢の誰かと一緒にしないでよ。
だって誰にでも優しいお前は、オジさんになったお前は、特別な人間には逆にどうなんだよ?
本当に心を許した人間にはもっと特別な「優しい」をあげんの?
それともあの頃みたいにやっぱり雑なの?
もうオジさんになった俺にはわかんないのよ。

撮影は終わったのか、このデータ送ったら後でサンプルが届くんだって、とスマホを操作しながら相葉さんは嬉しそう。
「ニノ、これちゃんと履いてよ?」
「え?もちろんですよ。嵐の相葉雅樹さん御用達の一流品なんだから」
「ほんと?あやしいなあ」
「なにが」
「いっつも大ちゃんのサンダルばっかり履いてさあ」
「んふふ」
「まあ、これはこれでさ、ここぞ!って時に。履いてよ」
楽屋のいつものソファ、俺の隣に腰掛けた相葉さんは、ニコッと無邪気な微笑みをよこすと、またすぐにスマホに視線を戻す。

だったらじゃあ期待を裏切らず?その靴を靴箱に仕舞い込んで、見えないようにクロゼットの奥底にそっと隠そうか。
そうすればいつかは、俺に染みついた20年も剥がれ落ちて、大人しくなれんのかな。
おまえの特別になりたいなんて大それた駄々も、こねなくなるかもね。

相葉さんの綺麗な指先は画面の上を心地よくすいすいと滑る。
だから俺は鞄からゲーム機を取り出す。
あとはいつも通りの静かな時間。
楽屋の外には人の気配もなく、この部屋だけポツンと取り残されたみたいで。
まるでここだけパッケージされた別の世界。
俺たち以外には誰もいない。
そんな世界。

…なんて。
そんなもんないからね。
ほら、相葉さんの手にしたスマホを、さっそく俺の知らない誰かがピロンと鳴らした。
「っくふふ。はいはーい、了解」
「相葉さん?声出ちゃってますから」
「え?ごめんうるさかったあ?」
と言いつつ手元に夢中な相葉さんの横顔を盗み見るのはいつも俺。
超適当な返事されちゃってるし。
…こういう時は雑かよ。
ふとその横顔がこっちを振り向いた。
「あ、ニノ、お誕生日おめでと!」
「え、もう?今言うの?渡す時じゃなくて?」
「あ、そっか。でもまあいいじゃん?他の誰より俺が1番に言えたから。くふふ」
「…はいはいありがとね」
ああもうお前は。俺をどうしたいの。
勘弁してよ。
どうせそんなもんちゃんと履くよ。
上手に履くよ。
20年、そうして上手にやってきたんだから。
そんなふうにお前の隣にいるんだから。

相葉さんの何でもない一言で簡単に浮上する俺を悟られたくなくて、画面に目を戻す。
無音にしていたゲーム機が俺を嘲笑うように、continue?と告げていた。
「…やめられんならとっくにやめてるよ」
「え?」
「え?」
「何か言った?」
「別に?」
 
いつになったらゲームオーバーにしてくれんのよ、相葉さん。
隣にあなたがいることが、とてつもなく有り難くて、とてつもなくタチが悪くて、笑ってしまう。
そして俺はまた今日も、素知らぬ顔でcontinueを押すのだ。


おしまい